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8.一緒にいる方法
「おいしそう」
料理が並ぶと、愛莉ちゃんが目を少し輝かせた。
「ここご飯が美味いんだよ、ランチも安くて美味くて。いただきます」
「いただきます」
これおいしい、こっちもうまいよなどと多少の言葉を交わしながら食べ進めた。愛莉ちゃんの顔に血色が戻ってきたところで、本題に入る。
「愛莉ちゃん久しぶりだね。元気だった?」
「うん。仕事も慣れてきたかな。みっしーはすっかり馴染んでるね」
「仕事はまだまだだけどね、結構疲れ気味」
肩をすくめてそう言うと、愛莉ちゃんはそうなんだ、と言いながら少しほっとした顔をする。
「……実は私も。疲れ気味」
「愛莉ちゃん痩せたよね? ちゃんとご飯食べてる? 仕事忙しすぎない?」
「なんかおばさんみたい。ちゃんと食べてるし大丈夫。でも前より体力使うから自然と痩せちゃった」
こっちは真剣に心配しているのに、愛莉ちゃんが笑いながら言うので少しムッとしたが、確かにうちの母親も同じこと言ってたなと一人で気まずくなる。
「愛莉ちゃんインドアだもんね」
「みっしーもでしょ。痩せたのはみっしーもだし」
「俺も全く同じだった」
二人で笑いあう。こんな平和な時間はいつぶりだろう。つい最近までは毎日のようにあったのに。
「さっきの人たちは同期?」
「うん? そうそう」
「さっき駅で見たときはさ、すっかり社会人になって馴染んでるんだなぁってびっくりしちゃった」
「そうかな? まぁ3ヶ月経ったからね」
「そうだよね」
愛莉ちゃんが視線を落としてビールを飲む。俺ももう腹がチャプチャプだったが、もったいないのでビールに手を伸ばす。
「愛莉ちゃんももういろいろ飲み会あったでしょ?」
「あったけど……あんまり行ってない」
「え? そうなの?」
ビールを若干喉に引っかけて、こぼしそうになりながら返事をする。飲み会を断る愛莉ちゃんなんて想像ができない。
「三島がいないと楽しくないし、誰も三島のこと知らないから何を話していいかよくわかんない」
「……えぇ?」
「わたしって趣味三島って感じだったんだって気づいたの。休日何してるの?って聞かれてもさ、なんもしてないよ。学生の時も三島とかと遊んでただけだった」
愛莉ちゃんの独白が予想外すぎたのだが、そう言われてみると確かにとしか言いようがなかった。
「確かにそう……かもね」
「相手の話聞くだけならできるけど、新入社員だからあれこれ聞かれることが多くて疲れて。あんまり行ってない」
「なるほど……」
「三島はどうしてるんだろうと思って見にきたら、三島はわたしのことなんてすっかり忘れて馴染んでるし」
「いやいや、忘れてないよ?」
「あんな楽しそうにして」
俯いている愛莉ちゃんから不穏な空気がする。
「待って愛莉ちゃん。さっきからずっと三島呼びになってるけど……もしかして怒ってるの?」
「だって、わたしが三島を忘れようとしても忘れられなくて会社に馴染むにも苦労してる中、三島はあんなに楽しく会社にも馴染んでたの? ずるくない?」
身に覚えのない恨み言をつらつらいわれ、たじたじだった俺も流石に反論に転じる。
「ちょっとまって、そもそもさ、愛莉ちゃんが返事くれないからでしょ。俺は時々愛莉ちゃんとはもう終わりなのかなって思うとすごく胸が痛くて、布団に丸くなってやり過ごしてきたんだよ。そんなふうに思ってくれてるなら、早く返事くれたらよかったのに。そしたら俺は喜んで愛莉ちゃんの家に行って愛莉ちゃんと遊んだし今まで我慢してきたこともいっぱいしたのに」
我慢してきたこと、のくだりで愛莉ちゃんが少し赤くなったが、負けじと反論してくる。
「三島はわたしと付き合ったらまぁ嬉しいし、私と付き合わなくても前向きに次の世界を楽しもうって思ってあのタイミングで終わりにしようとしたんでしょ。わたしは付き合うにしても付き合わないにしてもものすごく辛い、今までの価値観を変えなくちゃいけないのに、そこに新しい環境のストレスもあって、ほんと心が千切れるかと思ったんだから! あんなタイミングで言うなんて、三島は卑怯だよ」
暴論だが一応筋は通っているのでぐぬぬと歯噛みする。いや、まて。もう愛莉ちゃんとここで戦っても仕方がないことに気づく。
「わかった。俺も悪かった。確かに4年間辛かった分愛莉ちゃんにしてやったって気持ちがなかったわけじゃない。でもさ愛莉ちゃん、もう気づいたよね?」
「何に?」
「愛莉ちゃん、もう俺なしで生きられないでしょ」
そういうと愛莉ちゃんが目を見開いてこっちを見た。その目はすぐに涙をまとってきらきらと輝き始める。
その目から涙がこぼれそうになって、愛莉ちゃんはぐっと俯いた。
「……うん」
ぽたぽたとテーブルに雫が落ちる。
「……でも、どうしたらいいの?」
考えてもわからなかったと小さな声で呟く愛莉ちゃんの手を、今度こそ逃すまいと捕まえる。
「恋人になる。そして結婚する」
愛莉ちゃんは言葉に迷うように黙っている。
「そのうち、愛莉ちゃんが嫌になって、俺から離れたいと思うことがあるかもしれない。その時は、俺もいろいろ説得するけど、愛莉ちゃんの意思が固ければそれを尊重する。でも愛莉ちゃんが一緒にいたいと思い続けてくれるなら、俺は何度でも愛莉ちゃんを好きになるし、一生一緒にいられる」
愛莉ちゃんは俯いたままだが、ぽたりぽたりと涙が落ちている。いろいろ遠回りをしたけれど、たくさん傷ついてきた愛莉ちゃんにとって必要な時間だったんだと今になって分かる。俺は自分が待てる人間であったことに心から感謝して、改めて想いを伝える。
「ねえ愛莉ちゃん。今の気持ちだけでいいから教えて。一生一緒にいてくれる?」
「……うん」
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