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9.幸せな関係
愛莉ちゃんが落ち着くのを待って店を出た。帰りがけ、やりとりを見ていたらしいおじさんにおめでとうと言われて恥ずかしかったが、やっと愛莉ちゃんを手に入れた喜びが一層増した。外に出て愛莉ちゃんと手を繋ぐ。
「やっと言い訳なしで手を繋げる」
うきうきして俺が言うと、愛莉ちゃんが恥ずかしそうに身じろぎする。
「みっしーもそういう気持ちあったんだ」
「あるよそりゃ。愛莉ちゃんさ俺がめちゃくちゃ我慢してたの知ってる? なるべく触れないようにしてさ」
「なるべく触れないようにしてるのは、なんとなくわかってたけど……」
「俺だって男なんだから。したいことは山ほどあったわけ」
「ふぅん」
愛莉ちゃんは視線を逸らしてしまうが、その耳が赤くなっている。
「ねえ今日愛莉ちゃんの家行ってもいい? 友達としてじゃないけど」
「ちょっと、ねぇ三島ってそんなグイグイくる人だったの?」
「そうだよ。もう後悔しても遅いけどね」
唇をとがらせて騙されたと呟いている愛莉ちゃんの手を引いて立ち止まる。不思議そうな顔で振り返った愛莉ちゃんに、俺はすかさずキスをした。
「な、な、なん……」
言葉にならない様子で顔を真っ赤にしている愛莉ちゃんに満足してまた歩き出す。
「愛莉ちゃん、俺もまだよく知らないけど、多分恋人同士って最高に幸せだと思うよ」
愛莉ちゃんは返事をしなかったが、ちらりと盗み見た顔の口元が綻んでいたので、案外すでに同じ気持ちなのかもしれないと思った。
***
「お邪魔します」
「ごめんあんまり片付いてないけど」
「いつものことでしょ」
「おい」
愛莉ちゃんの肩パンをあえて受け止めて家に上がる。
「広くなったね」
「社宅だから古いし、間取りは1Kで同じだけどね」
「ソファ変わってないね」
「それどころじゃなかったの」
憮然として言い放つ愛莉ちゃんを抱き寄せて頭に口付ける。
「き、急に態度変えすぎだから! ついていけないから!」
赤い顔でぐっと胸を押してくる愛莉ちゃんが可愛いので笑ってしまう。
「むしろ今までよくあんな普通に振る舞ってたことを褒めて欲しいんだけどな」
「っもう、いいからお風呂入ってきたら!」
愛莉ちゃんが俺の腕から逃れ、タオルといつも愛莉ちゃんの家に泊まるたびに使っていたTシャツやパンツを持ってくる。
「あれ、置いてくれてたの?」
「友達は辞めるつもりなかったから」
愛莉ちゃんによって洗濯されて雑に畳まれたそのTシャツやらパンツをしげしげと眺めながら、今更そのおかしさに気がつく。
「こんなセット置いたままで友達っていうのも変だよね」
「そうなの?……普通の友達がもはやわかんないんだけど」
愛莉ちゃんは至極普通の顔で首を傾げている。
「だってマキちゃんのお泊まりセットはないんでしょ?」
「マキはあんまりうちに来ないから」
このおかしさがわからない愛莉ちゃんは多分本当にズレているんだろう。でなければあの学生生活にはならなかったので、いいのか悪いのかはよく分からないが。
先にシャワーを浴びて出てくると、愛莉ちゃんがうとうとしながら待っていた。
「愛莉ちゃん、お風呂上がったよ」
「若干寝てた……」
トントンと肩をつつくと、愛莉ちゃんは目を擦りながら緩慢な動きで伸びをしてのろのろとお風呂へ向かった。猫みたいだ。
愛莉ちゃんがお風呂に入ってる間、ぼんやり部屋を眺めて待っていた。部屋の家具や配置は以前とほとんど変わらない。物があれこれ増えている感じもない。
少なくとも俺と会わなかった3ヶ月間に彼氏がいたような形跡がないことに、少しほっとした。
愛莉ちゃんがお風呂から出てきて何も言わずに隣に座る。何となく、愛莉ちゃんも以前より距離が近い気がする。
「愛莉ちゃんまだ湿ってるよ」
髪に触ることも以前ならほとんどしなかったが、今なら何の言い訳もいらない。愛莉ちゃんもされるがままになっている。恋人とは何て幸せなことなんだろう。
「なんかやたら眠くて」
「そうなの? もう金曜日だもんね。寝よっか。俺も疲れたし」
「うん……最近あんま寝れなかったから」
愛莉ちゃんはそう言いながらもうベッドに上がっている。
「一緒に寝ていい?」
「……狭いけど」
愛莉ちゃんがシングルベッドの端の方に座り、いいよということだと受け取る。4年間そこだけは守り続けた同じベッドに入るという行為に、俺自身も若干緊張しながらベッドに上がる。
上がってしまえばなんてことはなくて、愛莉ちゃんもすぐ布団に潜り込んでしまったが、俺も愛莉ちゃんの様子が変わらないことに安心しながら布団に入った。
「さっきあんまり寝れなかったって言ってたの、俺のせい?」
愛莉ちゃんは黙ったまま反対側を向いて、リモコンで電気を消してしまう。そうだということだと受け取って、愛莉ちゃんを背中から抱きしめた。
「明日いっぱい遊ぼうね」
「……うん」
まもなく規則的な寝息が聞こえてくる。今日はあれこれしようと思ったのになーと思いつつ、腕の中に愛莉ちゃんがいる幸せを噛み締めながら眠りについた。
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