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「まさか音だけ聞こえる人がいるとは……」
少し綺麗になったリビングのソファで、忌一はお茶をすすりつつ呟く。吹き込みを剥がしたおかげで、体調が良くなった多聞が急に部屋を掃除しだしたのだ。
「そのおかげでよく怖い思いをしてきたけどね。でもそれが今の仕事に繋がったとも言える」
「怪談ライターが? じゃあ実体験を書いてるとか?」
「少しだけね。自分の体験談を話すと周りから同じような話が集まるんだよ。だからそれをネタにしてるけど、半分はフィクションだね」
そう言って多聞は、手元のノートパソコンにブラインドタッチでカタカタと入力し始めた。睡眠不足から執筆が大分遅れているらしく、早急に取り戻したいと忌一に断って仕事を始めたのだ。
「僕にとっては喋るモノの正体がわかった方が怖くないと思うんだけど、そうでもないの?」
「どうだろう? 見えないのも怖いと思うけど、見えて怖いものもあるからなぁ……」
それは実際に相手の立場にならないと比較はできないことなのだろう。お互いの体験を話すことで、二人はすっかり打ち解けていた。実際には多聞の方が二歳年上の三十路なのだが、まるで同級生のようなノリである。
「ところでさっき喋ってたのは“式神”って言ったけど、忌一君て陰陽師なの?」
さすが怪談ライターといったところか、式神や陰陽師についてある程度の知識があるようだ。
「いや全然。俺自身は何も出来ないんで。あれは本物の陰陽師から譲ってもらったようなもんなんだ」
「いるんだ? 今でも陰陽師って」
「凄い人がいるんだよ」
「ね~」と桜爺に同意を求める。
「でもその陰陽師、よく譲ってくれたね? 商売道具なんじゃないの? 式神って」
「その人の操る式神は十二体いたらしいから」
「十二体!? そりゃ凄いな。それなら一体くらい譲っても平気か」
「それはわからないけど、返してくれとは言われなかったなぁ……」
「いいなぁ。俺も欲しいな、式神。あ、そうだ。さっきはありがとな。龍蜷だっけ? 俺に憑いてた異形を食べてくれたんだろ?」
「あぁ、あれは……龍蜷にとってお菓子感覚だから」
龍蜷も袖口から「気にするな」と言う。それがちゃんと聞こえていた多聞は、「やっぱ龍蜷ていい奴じゃん。俺も龍蜷みたいな式神欲しいなぁ」と笑う。
これまで同じような経験をしている同類に会ったことが無かったせいか、多聞に親近感を覚え、急速に仲を深めていった。
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