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咳払いがして、
「しかしな、」
とまた聞こえてくる。
「それにしても最低あと三年はあるだろう?仮に二年目で結婚するにしてもだ。」
「あ、はい。」
「君の環境は大きく変わるだろう。理沙だって就職して新しい世界に入る。」
あ、これは。
「新しい出会いだってないわけじゃない。」
やっぱりそうだよね、私もそう思ったもの。
「その時に苦しむことにならないか?今はお互いしかいないと思っても、この先何があるかわからんだろう。」
そこまで言うと、パパはまたお水を飲んだ。注文前に空が始めてしまったから、飲むものはお水くらいしかない。
今度は空が咳払いをした。
「それは僕も考えました。」
え、ええーっ?慌てて見上げると、大丈夫だから聞いとけってと、またしても空の心が聞こえてきた。
「理沙子さんには沢山出会いがあると思います。僕は自分の気持ちはわかっているので、理沙子さんしかいないと確信があるのですが、彼女が果たして新しい環境でどう思うのか、それは僕には残念ながらわかりません。ですから姑息と言われれば反論出来ないのですが、今、彼女が僕の方を向いてくれているうちにと、そう思ってプロポーズしたところもあります。情けない話ですが。」
空の一言一言が響いて胸がジンジンする。そんな風に想ってくれてたなんて。
「情けなくなんかないよっ、全然。だって私の方だったじゃない、会えないって言って泣いたり、ずっと一緒にいたいって言って困らせたりしたの。空は順番があるって。ねえそう言ってたよね?」
「え、ああ、おう。」
何だか気押されているように答えている。
「だから空も同じように考えてくれてるって、プロポーズ本当に嬉しかったんだよ?高一の時からずっと好きだった人がやっと振り向いてくれて、しかも結婚を申し込んでくれるなんて、夢みたいだよ。今だってまだ信じられないんだから。そんな私が、たとえ空より100倍も優しくて人の話を聞いてくれてカッコいい人に出会ったとしても揺らぐはずがないでしょう。それくらいわからないの?全く相変わらず唐変木で朴念仁なんだから。」
「は?鈍感どんちゃんに言われたかねえよ。」
「人の話きちんと聞いてないからわかんなくなったりすんのよ。」
「俺がいつお前の話聞かなかったよ。」
「大抵そうでしょうが。BGM並みに流してるくせに。」
「お前だって何度言っても響いてなかったりしてるだろうが。しかも会えなくなったらすぐバーチャルに降格させるし。」
「いつの話よ、それ。まだ根に持ってんの?情けないわねえ。」
「情けなくなんかないって言ったばっかだろうが。」
「それはねえ―」
「はい、そこで二人ともストップ。」
ママの笑いを押さえた声が割って入った。
「ほらほら、その辺にしとかないと。パパがついてけなくて気の毒じゃないの。」
「すみません。」
「ごめんなさい。」
ハモッた、久しぶりに。顔を見合わせて途端に照れくさくなった。
「うん、まあ、君たちがお互いを想い合ってるのはよくわかった。」
パパの声に慌てて前を向く。
「それに今のその様子じゃ、何かあった時にも話し合えるみたいだしな。どっちかが隠れて苦しむというのは本当に嫌なものだから。」
パパ、もしかして何かそういうことがあったのかな。そう思ってママの方を向くと深く頷いていた。
「理沙子、」
「はい。」
「上郡君には何でも話せるんだな?辛いことや悲しいことも。」
「うん、空には何でも話せる。それに空は大抵は面倒くさそうなんだけど、大事なことはとても真剣に聞いてくれるし、それにともかく心根が本当に優しいんだよ。外見からは想像つかないくらいに。」
「おい。」
空の低い声が飛んで来た。あんた、さっきからおいおいって、うちの両親の前で。今日は僕ちゃんで通すんじゃなかったの?
「あら、上郡君は外見のままよ。高校生の時から本当に理沙には優しかったじゃない。」
ママの強力な援護射撃で空は頬が赤くなってるし、パパはだいぶ安心したようだった。
「そうか。うん、それなら。二人で話し合っていけるというのなら、もう僕からは何も言うことはないな。君は何かあるか?」
「ないわよ。ともかく私は二人がようやく一緒になってくれて本当に嬉しいんだから。理沙、良かったね。」
そう言ってママが身を乗り出して私の手を握った。温かくてふっくらとした手で。子どもの時からいつも励ましてくれる手で。
「ありがとうございます。理沙子さんを必ず一生守ります。」
空が深く頭を下げたのに合わせて私も頭を下げた。
「パパもママもありがとう。」
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