楽させてやっからな

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 世の中が激変したのは俺が養成所を卒業してからの三年後、新型コロナウィルスの蔓延だ。成功を収めるとか、収入が増えてからとか、そんな理由で帰省を躊躇う俺に、世の中が軽々しく帰省するなと釘を刺してきた。 「もう少し……もう少しのはずだ……」  自分に言い聞かせるように舞台の出番もなくなったバイト漬けの日々を送る。何とかコンビニバイトは変わらず続けられたが居酒屋バイトは、会食を避けるようにとの政策もあり激減してしまった。切り詰めて日々を送る。  頑張っていれば報われるはずなんだ。歩みを止めるな。もう少しもう少しなんだ。  そうやって自らを奮い立たせてもコロナ禍は収まる気配もなく、また一年が過ぎた。  そして、俺が思っていたよりずっと早くその日はやってきた。  閑古鳥の泣いている居酒屋のバイトの最中、母から電話があった。暇であったからすぐに出ることができた。 「お父さんが亡くなった……」 「親父が……?」 「うん。お酒飲んでて突然に……」 「そっか。分かった」  通話を切り、その日のバイトをきっちりシフト通りにこなす。退勤してから今度はこちらから母に電話をかけた。 「随分急だったね親父」 「うん。まだ若いのにね」 「葬式は?」 「今の世の中なら普通にできないから。だから無理に帰省しなくていいよ」 「そっか。そうだよね」 「あのね。お父さんね、あなたを応援していたから。目指すあんたの背中を見届けるって」 「……そっか。母さんも気を落とさずに。切るよ。おやすみ」  通話を切ってスマホをポケットに入れて立ちすくむ。 「あの親父がそんなこと言う訳ないだろ……」  呟いてからアパートに帰り、カップラーメンで腹を満たしてから眠りにつく。なかなか寝付けなかったが、翌日の昼のコンビニバイトの前には目を覚ます。  接客業であるのだから笑顔は忘れなかったが、父が亡くなったというのに涙が流れない自らを薄情だとさえ思う。  夜に居酒屋のバイトをこなして、またアパートに帰りカップラーメンで腹を満たしてから眠る。  次の日は休み。ただうろうろと人通りがめっきり少なくなった街を歩く。あてもなくフラフラと。  日が暮れて、空は星空となる。夜になってもフラフラと歩いて、歩いて飽きるほど歩いてから空を眺める。 「馬鹿みたいに晴れてやがる。もう少しだけのはずだったのに……」  じわりと目頭が熱くなる。  袖でそれを拭った十二月のはじめ、自らに言い聞かすように呟く。 「もう少し……もう少しだけだから、きっと……。くだらねぇなんて言わせないから……」  誰に聞かせる訳でもない。ただ言葉にしたかった。 了
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