楽させてやっからな

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「うちにはそんなにお金はないんだよ?」 「バイトして稼ぐし」 「東京のほうに行くんでしょ? 生活費はどうするの?」 「それもバイトして何とかする」 「それで大丈夫なの? そんなに仕送りできないよ?」 「何とかなるから」  母と俺が問答する中、父は酒を煽りながら呟いた。 「くだらねぇ」  その言葉に腹は立ったが俺は笑顔を取り繕って言い返した。 「今に楽させてやっからな。見てろよ親父」  父は何も言い返さなかった。  反対を押し切り、俺は高校卒業後、東京の養成所の門を叩いた。身一つの出発だった。  部屋だけ先に見つけて東京に引っ越してから最初に行ったのはバイト探しだ。俺はコンビニと居酒屋の掛け持ちで生活費を稼ぐことにした。だが、無理はすぐに祟る。夜遅くまでバイトをする俺は養成所に遅刻しがちになった。それでも踏ん張って通っていたが現実は厳しくて壁にぶち当たる。  養成所の仲間たちは、俺よりはるかに面白い奴ばかりだった。それでもそれでも……。きっと俺にも才能は眠っているはずだと、養成所内で相方を見つけて漫才を作っては披露してみる。そこそこに笑いを得た。そう、そこそこなのだ。  大爆笑などかっさらえず、俺は悶々としていた。  養成所に通って一年。母からの電話で問われる。 「たまには帰省したらどうだい? 箸休めも必要でしょ?」 「今のままじゃ帰れないから……。結果が出るまでもう少しだけ待って……」  大きな顔をして故郷を後にしたのだ。半端な状況で帰れないと俺はむきになっていた。何より、芸人になれずに帰ることは父に負けた気になる。それだけはイヤだ。くだらねぇの言葉を撤回させるぐらいにはなってからではないと帰りたくない。 「面白いんだけどねぇ」  居酒屋のバイトをしていると、たまにネタを見せてくれという客がいる。快く受け入れるが、大方の客は面白いんだけど一味足りないと言う。 「何が分かるってんだ……」  シフト上がりに一人、文句を言う。そんなことは俺だって分かっている。ただ何が足りないのか分からないのだ。  そうして帰省せずに養成所を卒業してしまい、俺はそのまま東京に残る。小さな舞台とかには立っているが、泣かず飛ばずで結局、収入の大半は東京に来てから続けている掛け持ちバイトによるものだった。 「少しくらいは顔見せに来たらどうなの?」 「もう少し……もう少しだけ。きっとチャンスは掴めるから」  そう思っていたのもあるが、帰省するだけの余裕がないのもまた事実。少ない収入で帰省などしたら生活はあっという間に苦しくなる。そんなことはとても母に言えなかった。
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