第二章 夢のような日

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 病院から電車とバスを乗り継ぎ約一時間。  降り立った夏樹達を出迎えたのは沢山の緑と観覧車。  そして、大きな海。 「着いたぞ。海だ」  沖から陸へと風が流れる。  潮の匂いを乗せた冷たい風は海に臨む三人の身体を撫で、髪を靡かせる。  夏樹は椿の車椅子の持ち手を握りながらくすぐったそうに目を細めた。 「まあ、海って言っても東京湾だけどねぇ」  声を弾ませる夏樹に対し、海美が横槍を入れる。  けれども言葉とは裏腹に彼女の表情は晴れやか。その艶やかな黒髪はまるで彼女の内心を現すように風を受けて踊っていた。 「おいおいテンション下げるようなこと言うなよ……折角椿が提案してくれたんだぞ。何年ぶりだと思ってやがる」 「いやいや。単純にすぐお隣にある夢の国が見たいだけだと思うけど。ね、お姉ちゃん?」  わかってないなぁ。そう言いたげに海美が肩を竦めて姉に目をやる。  風に揺蕩う自身の髪を、その枝のようにか細い手で掬い取り眺めていた椿。  彼女は枝毛の何本かのうち一本を抜くと、ううんと首を横に振って海を望んだ。 「それはついで。単純に海が見たかったの」  短い凪を見計らって抜いた枝毛に息を吹きかける。  毛は椿の指を勢いよく飛び出したものの、直ぐに勢いを失い、彼女から一メートルほどの場所に落ちた。 「……中々飛ばないものね」  椿がむすっと不満げに唇を尖らせる。 「飛ばしてどうすんだよ。方向的に海だぞそっち」 「それでいいのよ。……いや、やっぱりよくない?……確かに嫌ね」  ちょっと汚いし。と付け加える椿。  彼女の望む海は彼女の言う通り澄んだ水色には程遠くて、茶色と緑が混ざったような色をしていた。  椿が、はぁ、とため息を吐いて肩を落とす。  彼女の後ろで夫と妹は顔を見合わせ、互いに首を傾げたのであった。  * * *
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