隣に

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「見て! なんか屋台が出てる!」  彼女がわかりやすく楽しい表情をする。僕の気持ちはとてもそれどころじゃないのだけど。でも、それでもこの今の時間を楽しまないのももったいない気がしてきて、返事をする。 「ああ、そういえば今年から色々やるって大人たちが集まって、話し合いという名の飲み会をよくやってたっけ」  屋台は食べ物からクリスマスの雑貨まで様々だった。クリスマスだからか、村の祭りの時とはだいぶ違う雰囲気だった。村の大人も本気を出すとここまでやれるのか、と正直感心する。どの屋台もカラフルな光がきらきらとしていて、それらが並ぶ光景は美しかった。 「ホットココア、売ってる」 「飲む?」  僕が聞くと彼女は黙ってうなずく。うなずくと顔がもうマフラーに埋まりに埋まっていて、その姿につい僕はクスッと笑ってしまう。  僕と彼女はそれぞれホットココアを一杯ずつ注文する。オシャレに見えた屋台も注文しようと店の前に立てば、顔なじみのおばさんが顔を出して、雰囲気があっという間に壊れる。 「もうそろそろかい? さびしくなるねえ」  とおばさんはココアを彼女に渡しながら言う。彼女は目を細めて、「さびしくなるねえ」と言いながら受け取る。彼女が村を出ることについて知っているようだった。よく考えれば小さな村で、情報のプライバシーなんてないに等しいのだ。つい今朝まで知らなかった僕の方がよっぽどおかしいのだ。  ほんと、さびしいよ、僕も。  と声に出したくなる。  彼女はアツアツのココアにさっそく口をつけている。僕はそれを横目にふうふうと必死に息を吹きかけて冷ます。 「相変わらずの猫舌ねえ」 「ほっといてくれ」 「じゃあほっとく。あ、クッキーあるよ。食べたい」  彼女としばらく屋台を堪能して、クリスマスツリーが見えるベンチに腰を下ろす。近くのベンチはどれも埋まっていたので、僕たちが座っているところからは上半分しか見えていない。まあ、それでも地元民の僕たちは十分満足である。  お互い屋台で買ったものを食べたり飲んだりしてクリスマスの夜を満喫していたが、しばらくして僕はようやく覚悟を決める。 「どうして、常夏の島まで行くの。何かやりたいことがあるの?」 「別に。ここは寒いからあったかいところに行きたいだけだよ」  彼女はなんてことないようにクリスマスツリーを見つめている。 「冗談でしょ?」 「深い意味なんてないんだよ。どうせ村を出るなら私にとっては隣村だろうと常夏の島だろうと一緒なの」  一緒じゃないよ! と大きな声を出しそうになる。  村の皆とそう簡単に会えなくなる。僕にも会えなくなる、のに。
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