隣に

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「もしかして、私が行くの、反対なの?」  黙り込んでいた僕に彼女はようやく顔を向ける。 「……反対っていうか」 「なんか今日おかしいもん、態度」 「……さびしい、さ」 「え?」 「さびしいんだ。別に将来のことで反対するつもりはないけど、その」  声は小さくなるし、早口にもなる。  彼女は目をぱちくりと大きく開けて瞬きしていた。  突然こんなことを言って困らせている自覚はある。だけど、今言わないで彼女がいなくなってしまうことが一番嫌だった。 「なんだあ。さびしいよ、私も。本当は一緒に来てほしいくらいだもん」 「えっ?」 「どうせ出るなら遠いところに行ってやろう、言葉も通じない方がいい、って漠然と決めていたんだけど、でもそれがどれだけ勇気がいることか。怖くて不安だよ」  彼女はさぞかし行きたくて行きたくてたまらないのだろう、そこでしか出来ないやりたいことがあるのだろう、と思っていた。だけど冷静に考えればそんなはずないのだ。生まれた時から今までずっと、こんな小さなコミュニティの村で育って、外の世界なんて何も知らない。そんな彼女が遠い異国の地を選んだことの意味を僕は深く考えられていなかった。怖くて不安で、それでも行くのを決めた彼女のことを考えると純粋に尊敬した。新しい環境で新しいことに挑戦しようとしているのだ。わかっていたはずなのに、全く理解していなかった。  僕はそれを、さびしい、だなんて引き留めて。  自分の情けなさに今すぐここから走り去ってしまいたい気分だ。 「私は、頑張るって決めたから。そっちも頑張ってよ」 「……うん」  頑張る。わかった。僕もちゃんと考えよう。ぼんやりとああ、村を出るんだなあ、くらいにしか思っていなかった。親が調べて提案してくれた場所しか見てなかった。別にそこから選べばいいと、本気で思っていた。  でも、考えよう。自分で行く場所を考える、ちゃんと。 「かなわないなあ、僕は。いつも君の後ろをついていってる」 「そんなこと言わないでよ。私はずっと隣にいたよ」 「……そっか。これからもよろしく頼むよ」 「こちらこそ」  燦然と輝くクリスマスツリーと彼女に、将来と向き合うことを約束した。  そして、今までもこれからも彼女の隣を歩く。それは、彼女が常夏の島に行ってしまっても、変わらないということも、彼女はそんなつもりないかもしれなくても、僕は勝手に決めた。 「今年も終わっちゃうね」 「うん」 「私たちはこの夜みたいにだんだん変わっていくのかもしれないね」  小さい頃よく見たクリスマスツリー。ツリーの大きさは変わらないけれど、それ以外は大きく変わった。周りの環境も、照明のきらびやかさも、人の多さも。村の小さな小さな毎年の恒例行事は、今や大きな観光の目玉。  そうなのだ。変わらないものなんてない。なんだって変化する。それが良い方なのか悪い方なのかはわからない。僕は昔の雰囲気の方が好きだったけれど、じゃあ今の村全体が盛り上がっているのが嫌かと聞かれればそれは違う。どちらにも良かった点はある。  彼女が僕の隣から旅立つのもそのうちの一つに過ぎないのかもしれない。僕たちが大人になっていく上で必要な変化。頭ではわかっているのに、やっぱり少しさびしい気持ちになるのは僕が未熟だからだろうか。彼女も「さびしいよ、私も」と言っていたけれど、それはどこまで僕と同じだろうか。  今日だけ、僕は未熟のまま彼女の隣にいることを許してもらおう。もちろん、気持ちはずっと隣にいる。彼女が旅立った後も置いていかれないように、僕は隣にいられるように努力する。  だけど、彼女の声を感じる、温度を感じるこの距離感はもうすぐ離れてしまう。  もう少しだけ――隣に。  この距離感のまま、隣に座っていたい。  そんな気持ちでホットココアの最後の一口を飲み干した。
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