隣に

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 彼女はマフラーを目元すれすれいっぱいまでぐるぐる巻きにして、僕の前に現れた。 「ありゃ、早いねえ」  自分が遅れてきたにも関わらずどこか気の抜けた声を出す。  でも、いつも遅刻してくるのは決まって僕の方なので、彼女がそうつぶやきたくなる気持ちはわかる。 「僕を見くびってもらっちゃ困る。それよりそれは息出来てるの?」  顔の半分以上を覆っているマフラーを指さす。すると彼女は黙ったまま、こくりとうなずき、こう続けた。 「……苦しくないと言えばうそになるけど」  僕は思わずクスっと笑った。  彼女とこんな寒い冬の夜に待ち合わせした理由は、小さな村一番唯一の自慢である、本物のもみの木を使ったクリスマスツリーを見に行くからだ。僕たちは生まれた時からこの村で暮らしているのでそんなに特別珍しいものでもないのだけど、ここ数年は一部マスメディアに取り上げられてからというもの、わざわざ栄えた街の人たちがこぞって見に来るほどのものになっている。  彼女はこんな小さな村の中でもだいぶ外れたところに住んでいるので、村の中心街に立つクリスマスツリーを見るのに待ち合わせが必要になった。村の中心街と言っても、それこそクリスマスツリー以外はほとんど何もないに等しい。いつもは僕の方から彼女の家に遊びに行くことが多いので、実は僕も中心街に足を運ぶことはほとんどない。 「にしても寒いねえ。常夏の島へ旅立ちたいくらいだよ」 「……いつ旅立つの?」 「えっ?」 「常夏の島。行くんでしょ。親父さんに聞いた」  僕は今日この話を聞かなくてはならないと思って来た。だけど、正直聞きたくない気持ちの方が強くて、どうするべきかずっともやもやしていた。  彼女の方からその件について匂わせてくるとは思わなかった。 「なんだ、知ってたんだ。年明けの挨拶が落ち着いた頃かな。まだ正式な日程は決まってないけど」 「どうして、わざわざそんなところまで」 「さあね」  彼女は僕の方を見ずに、あっクリスマスツリーだ、と見えてきた先っちょを指さす。  僕たちの村では、別に村を出ること自体は珍しくない。現に僕も将来のことを考えたら必然的に村の外での生活を考えなくてはならないのだ。大人になって帰ってくる人も多いけれど、最近はそれが減少傾向にあることが問題視されてもいる。まあ、僕たちにそんな問題は関係ない。学業のことを考えれば、この小さな村から通うには限度があって、絶対に村を出る年というのは存在して、その後帰ってくるか帰ってこないかは、今考えるべきことではない。  ただ、常夏の島、のようなそんな遠いところまで行く人を僕は誰一人聞いたことがない。たまに遠くに行く人もいることにはいるらしいけれど、それでもそんな、生活文化まるっと違っているようなところまで行く人はいないらしい。  理由がわからなかった。理由を知りたかった。知って、反対してやりたかった。僕が考えている候補地をいくつかプレゼンしてやろうかとも思っていた。  だけど、そこをはぐらかす彼女の横顔を見たら、これ以上言葉が出てこなかった。
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