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 音楽は素晴らしい。特にジャズは最高だ。  もう少しだ、あとほんの少し時間があればいい!頼む!間に合ってくれ! 私は作業を進めながら、祈るようにそう考えていた。   きっかけは何だったのだろうか。 あらゆる創作活動が禁止されて、もうすでに半世紀以上が経つ。  変革が起こったのは突然だった。 ある日“FORMOTHER”と呼ばれる謎の指導者が率いる武装集団が突如として現れ、革命を起こした。  FORMOTHERは手際よく国中の要所を抑えた。 その後の統治も速やかに滞りなく進められた。既存の政治、社会システムは完全に解体され、再構築された。 そしてFORMOTHERを絶対的なトップとした独裁システムが構築され、FORMOTHERとそのシンパ達による独裁が始まった。  意外にも、支配された当初の民衆の反応はFORMOTHERに対して好意的な者が多かった。 長引く不況と度重なる経済政策の失敗により、民衆の疲労と閉塞感はピークに達しており、大規模な抗議デモや暴動が日常的に起きていた。 そしてそれすらも現状を好転させることはできないと民衆は分かっており、世の中には絶望感すら漂っていた。  そんな時、突如としてFORMOTHERが現れた。社会の根本的な変革を訴え、政府や軍の要所を次々と占拠し、管理下に置いていった。  そんなFORMOTHERに対し、反対を示す人もいたが、多くの民衆はこの絶望的な状況を変えてくれるだろうと期待の目を向けた。  しかし、それは間違いだとすぐに気付かされることとなった。  多くの独裁者がしてきたようにFORMOTHERも同じことをやり始めた。 自分たちに反対する者への弾圧である。 FORMOTHERに対する侮辱はもちろん、反対意見を述べたものさえ徹底的に弾圧の対象となった。  そのうちに弾圧は著作物を始め、あらゆる創作物に及ぶようになり、厳しい検閲システムがひかれることとなった。  検閲は芸術にまで及んだ。多くの芸術作品は退廃的、無意味、無価値のレッテルを貼られ、廃棄処分された。芸術作品を制作したり、流布することも禁止された。    それらに違反した人は治安を乱す“騒乱者”と呼ばれ、問答無用で捕らえられた。 捕らえられた人々がどうなったかは分かっていない。  一つ分かっているのは捕まったら最後、二度と帰って来ないということだけだ。  こうした独裁統治は民衆にさらなる絶望感と恐怖感を与えた。 民衆はFORMOTHERに対する恐怖と疑心暗鬼に満ちた日々を送ることを強いられた。  そもそもFORMOTHERとは何者なのか。 FORMOTHERが個人の名前なのか、組織名なのかも分かっていない。  個人だとしたらもうかなりの高齢だろう。組織だとしたらそのトップに立つ人物がFORMOTHERという一種の役職名なのか、何人かの最高幹部による集団指導体制なのか、様々な説があるが、真相は謎のままである。  騒乱者の取り締まりは“ハヤブサ”と呼ばれるFORMOTHER直属の秘密警察によって行われた。 彼らの目はハヤブサのように、どんな遠くからでも獲物である騒乱者を発見し、その鋭い爪で鷲掴みにした。 抵抗する者は捕まるまでもなく、容赦なく射殺された。  ハヤブサは国中に監視のネットワークを張り巡らしている。町中にわずかな隙もなく監視カメラが配置され、郵便、電話、インターネット、あらゆる通信インフラが監視されていた。  人々はハヤブサを恐れ、FORMOTHERについてを話すことさえ、ためらうようになった。  私は考える。こんな世の中は間違っている。しかしその声を上げたところですぐにもみ消されてしまう。ならばどうすればいいか。どうすれば人々に伝えることができるのか。  私は音楽が好きだ。特にジャズが好きだ。 様々な楽器がセッションし、明るく、激しいダンスメロディからしっとりしたバラードまでジャズはまるで人生のように、あらゆる顔を見せてくれる。  1920年代のアメリカのことをジャズエイジと呼ぶそうだ。 狂騒の20年代と呼ばれたこの時代は第一次世界大戦終了後の好景気と娯楽文化の発展により人々は享楽的になった。人々はラジオや映画を楽しみ、ラジオホールでは朝まで踊り明かした。  その中で時代の流行となったのが、ジャズだ。  ジャズは人々が人生を楽しむことを追求した、その時代の証となる音楽なのだ。だからジャズには楽しさも悲しさもあらゆるものが表現されている。    まるで今の時代が求めているものと真逆の存在ではないか。だからこそ残さなければいけない。 この尊い音楽を後世に伝えなければいけないのだ。  それこそ私の人生を懸ける価値がある。  そう考えていると、ドアを激しく叩く音が聞こえた。 「開けろ!騒乱者め!ここに潜伏しているのは分かってるんだ!」 言い終わらないうちにドアに激しくぶつかる音が聞こえる。メキメキと音を立て、ドアが歪んでいる。 「ついに来たか・・!でもまだ入ってくるなよ・・!」 頑丈なドアではあるが、すぐに破られるだろう。 その前に何としても私の役目を果たさなければ。 「あともう少しなんだ・・・もう少し・・・!」 旧式のコンピューターの前に座り、キーを素早く叩き続ける。 私の行っているこの作業、いや、義務と言っていい。 これさえ終えれば私はどうなったって構わない。 ハヤブサもFORMOTHERも私は怖くない。 怖いのは私のやっているこの作業が無駄になること。権力に潰されてしまうことだ。 それほど私のやっていることには意義がある。 今この絶望的な時代を生きている人たち全てに届けたいのだ!  私が今行っているこのコンピューターの操作を終えれば、国中のあらゆる媒体から私が選んだ音楽が流れるように手筈が整っている。 私の仲間たちが各地ですでに準備を終え、決行の時を待っている。 ハヤブサに捕まろうが、処刑されようが、構わない。  私の命を懸けて、尊い価値のあるものを残すために私は最後のキーを押した。  ドアが大きな音を立てて打ち破られ、ハヤブサの奴らが部屋になだれ込んでくるのと同時に国中のあらゆる機械から軽快なトランペット、サックス、ピアノの音色が流れ出した。  音楽は素晴らしい。特にジャズは最高だ。
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