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・7
次の日、事務所に行くと、ゴトウさんが静かに笑みを向けてきた。
「なんですか、気持ち悪い。セクハラで訴えますよ」
わたしが言うと、ゴトウさんは机に肘をつき、「なんだよ。せっかく褒めてやろうと思ったのに」と顎をしゃくれさせる。
その顔は本当に気持ち悪くて、いつもなら灰皿でも投げているところだったのだけれど、幸い今朝はとても気分が良かったので、爽やかな気持ちで着席する事が出来たのだった。
「よくやったな。あの魂は……きっと俺なら、助けられなかった」
ゴトウさんの言葉は、素直に嬉しかった。
わたしでなければ彼を救えなかった――それはわたしが生神として魂を救ったという、確かな証となり得る言葉だと思った。
「……ありがとうございます」
頭を下げる。するとゴトウさんは、「ところで」と声を発した。
「今日は、仕事しに来たのか? それとも、荷物整理のために来たのか?」
「――あ」
そこまで言われて、辞表を出した事を今更のように思い出す。
ゴトウさんに目を向けると、彼は『今すぐ破るぞ』と言わんばかりの持ち方で辞表を握っていたので――わたしは「どうぞ。お好きなように」と笑った。
「……いいんだな。本当に、大丈夫なんだな」
「ええ」
「……。……へっ、なんだよ。うるさいのがいなくなると思って喜んでたのによ」
「そのわりには、やけに嬉しそうですね」
「なわけあるか。ちゃんとな、退職金も用意しといたんだぞ」
「じゃあ今日辺り、そのお金でどこか美味しい店にでも連れてってください」
「しゃーねーなー」
びり、びり、びり、という音が、事務所の中に響き渡る。
わたしの書いた辞表は粉々になり、やがて丸められたそれは、ゴミ箱に綺麗に吸い込まれていった。
……いつまでかは、分からないけれど。
でも、もう少しだけ――生神を続けてみようと思う。
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