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 次の日、ぼんやりしたまま出勤すると、ゴトウさんはもうすでに事務所にはいなかった。  ホワイトボードには、『外出中』の文字がある。きっと着いて早々、どこかの魂を救いにいってしまったのだろう。  わたしがゴトウさんの元で働くようになってから、もう数年が経とうとしている。あのヒトは、見た目こそあんなだけれど、実際はとても優秀な生神だった。もちろん失敗する事はあるだろうけれど、これまでわたしとは比べものにならないほど多くの魂を救っている。  もっと言うなら、わたしが担当せずにゴトウさんが担当していたら――救えていた魂も、たくさんある事だろう。  今、この近辺で生神として活動しているのはわたしとゴトウさんのふたりだけだけれど、わたしなんていなくても――いや、むしろわたしなんかいない方が――助かる魂は増えるに違いなかった。 「…………」  わたしは引き出しから『辞表』と書かれた封筒を取り出してゴトウさんの机に近づき、その上にそうっと置いた。  静かに自分の席に戻る。その隅には、『魂救済要請』の紙が1枚乗っている。 「……これが、わたしの最後の仕事になる……かな」  ひとりで、小さくつぶやく。 ――また失敗するかもしれない。  救えないかもしれない。  そんな言葉が脳裏をちらついて、思わず泣きそうになる。  それでもわたしは、ぐっとこらえて頭を振った。  去るならせめて――最後は、しっかりと救って、笑顔で去ろう。  目を閉じて、ゆっくりと深呼吸をする。  ぎゅ、と拳を握りしめ、わたしは事務所を飛び出した。
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