・6

1/1
前へ
/7ページ
次へ

・6

――わたしは。本当は、神様なんて呼べる存在じゃない。  ひとつの魂が救えたか否か。それで一喜一憂し、疲れ果てて、倒れるように眠る。毎日その繰り返し。  大きな力なんて何ひとつ持ってはいないし、奇跡も起こせない。  本当に、馬鹿で。頭も悪くて。何かすごい事をひらめくような知識も頭脳も才能もなくて。  もう少しだけ、優れた力を持っていたら――そんな事を、今まで何度も何度も考えた。 ――でもね。  それでも。  出来る範囲で。全力で。  わたしは、ひとりでも多くの魂を――救いたいんだ。 「……ユイ……なのか……?」  待ち合わせの、広い広い原っぱで。  風と草花の揺れる音を縫うように、男性の、小さな声が聴こえた。  ゆっくりと振り返る。  可愛い水玉模様のついた、真っ白いワンピースを身にまとい、控えめに手を振った。 「久しぶりね」  声を出す。すると男性は、「ああ……」と呻くように言い、こちらに、静かに寄ってきた。  腕を優しく掴まれ、ふわりと抱き寄せられる。  彼の温もりが、身体の芯まで届いた。 「ずっと……会いたかった。ずっと、謝りたかった」  男性の身体は、小刻みに震えていた。それをおさえるように、背中に両腕を回す。  そのすべてを全身で受け止めながら。「謝らないで」と彼の胸に顔をうずめた。 「君があんな事になったのは……全部私のせいだ」 「あなたのせいなんかじゃないわ。誰のせいでもないの」 「違う。私のせいだ」  男性の目から、あたたかい涙がこぼれ落ちる。それが耳たぶに当たり、微かに熱を帯びる。 「あの日私が……もう少しだけ君に早く会いにいけていたら……そうしたら、君は……」 「馬鹿ね。それじゃ、あなたじゃなくなるわ」  手の力を強める。そうして、ゆっくりと顔を上げた。  目と目が合う。そこでようやく、彼はわたし(、、、)に気づいて、動揺した表情を浮かべた。  けれど、それは一瞬の事だった。遮るように、わたしは彼の涙を指先で拭う。  わたしの目からも、自然に涙が溢れた。 「……わたしが愛したあなたは、不器用で、どこか抜けていて、でもとても優しいの。 わたしの事を想って、一生懸命おしゃれして。わたしに早く逢いたくて、焦って道を間違えて。 わたしは、そんなあなたの事が好きなの。そんなあなたの事を、愛しているのよ」  彼の顔が、くしゃくしゃになる。 「ユイが言いそうだ」と言うので、わたしは「当たり前よ。ユイだもの」と笑った。 「……生まれ変わったら、また(ユイ)に逢えるかな」 「迎えに来てくれる?」 「私は方向音痴だから……君を見つけられないかもしれない」 「なら、迎えに行くわ」  わたしは、彼の頬に、触れるだけのキスをした。 「――必ず迎えに行くわ。だから、待っていて。忘れないで。ずっと」  彼の目尻に、しわが出来る。  昨日初めて見た時と同じ、優しい笑顔だった。 「……ありがとう。お嬢さん」  彼の指先が、わたしの涙を拭う。  そうして、その唇が、微かに額に触れた。 「――お元気で」
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加