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「家族を辞めよう」
暗い自分の部屋で目を瞑った私は、布団の中でそう呟いた。
原因は色々あるのだが、最終的な後押しは先ほどの夕食での会話だ。
「ねえ、私って私立の大学行っていいの?」
私は机の向かい側に座っている両親にそう聞いた。担任からは、親と学費の事も含めて話し合うように言われていたからだ。
明日は高校二年生最初の進路相談だ。一年生の時は、理系にするか文系にするかぐらいの内容だったが、今回からどのような大学を目指すのかを決めていく大事な作業になる。したいことがあればそれでいいし、なければ国公立を目指すのか、それとも私立に行くのかは考えなくてはならない。
親にそう聞いた時、私は少しドキドキしていた。私の両親は少し価値観が古く、男尊女卑のところがあるからだ。1つ上の兄は私よりも大事にされ、有名だが高額な私立高校へと通っている。私は兄ほど勉強はできないが、今の公立高校よりも偏差値の高い私学を目指すことはできた。だが、当時家計簿を見た後の母が、無意識に私を睨んでくることが度々あり、私学に行きたいと切り出すことができなかった私は、今の高校と滑り止めの高校だけを受験した。
必要な物を買ってもらう事を除けば、久々のおねだりだ。何をしたいかは決まってないけれど、私立に行かせてもらえるのであれば、進路の幅が広がるのだから。
「国公立じゃ駄目なの?」
「駄目じゃないけれど……」
「どうせまだやりたい事もないのだろう?浪人は世間体に悪いから、家から通える範囲の私立を滑り止めを受けるのであればいいぞ」
「…………はい」
返ってきた答えは、期待外れのものだった。内心がっかりしていると、クスという含み笑いの声が隣から聞こえてきた。横目で見ると、兄が機嫌よさそうにお替りしたご飯を食べていた。兄は私が両親に怒られたりたしなめられたりしている姿を見るのが好きなのだ。先日、兄が私立の有名大学に高確率で受かるとお墨付きを貰ったと母が嬉しそうにしていた。今回は、私よりも自分が優先されていると実感できるから優越感を感じているのかもしれない。
私は冷めて不味くなった夕飯をのろのろと口に運んだ。
深夜、なかなか寝付けない私は、布団の中で何時間もゴソゴソと寝返りを打った。進路相談が嫌な訳ではないのに、胸がモヤモヤして気分が落ち込むのだ。こういう気持ちに落ち込むのは、決まって自分が兄以下という扱いをされたときと自分の意見を聞いてもらえないときだった。私は虫けらだ、存在するに値しないと言われた気になるのだ。そんなこと、ハッキリと言われたことはないのに。
私は男ではないし、兄ほど賢くはない。でも、それの何がいけないのか。父が片づけない食器を昨日洗ったのは私だし、一昨日母の買い忘れた牛乳を買ってきたのは私だし、今日兄が脱ぎ捨てた靴下を洗濯機に放り込んだのは私だ。風呂掃除だって週1で私がするし、通学の途中でゴミ捨てするのも私だ。父も兄も家事はしない。母を手伝っているのはもっぱら私だ。でも、私は彼らに褒められた事も感謝もない。ただ、静かに少しずつ重しを乗せてくるのだ。私は家で、何年も笑ってない。学校のほうが楽しい。友達も先生も先輩も、私が手伝ったら喜んでくれるし感謝してくれる。ニヤニヤでもクスクスでもなく、私と一緒に笑ってくれるのだ。
彼らと家族でいることは苦しい、悲しい。胸を押さえながら、目を瞑っていた私の脳裏に、ふと一つの考えが浮かんだ。
私は、彼らと家族でいる必要があるのかと。
今は未成年でお金がなく何もできない私だが、いずれ大人になる。その時も家族でいたいのかと。
すごく嫌だ。だから。
「家族を辞めよう」
私はこの言葉を呟いたのだ。
戸籍的には私たちは一生家族だろう。でも今からは、彼らと私は血の繋がっただけの他人だ。そう思っただけで、心の重しがパッと消えた。明日の進路相談時、担任にこれからのことを相談しよう。あの人ならきっと、親なんかより力になってくれる。そう思うだけで、目の前が明るくなった。何を言おうかな、どうすればいいかな、そんな事を考えいた私は、ウトウトと眠気を感じてきたので素直に寝る事にした。
夢の中で、私はうずくまって泣いている小さな自分に出会った。私は小さな自分の背中にそっと手を当て、こう言った。
「もう少しだけ待っていて。もうすぐ笑えるようになるから」
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