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1990年代の古い建物。彼はわざわざそこを指定する。私は彼に出会うまで、その存在そのものを知らなかった。
初めて彼とその箱型のプレハブ小屋に入ったときには、ただの変わったコンセプトのカフェだと思っていた。だから私は真っ先にメニュー表を開いて料理を注文したんだっけ。なんでモニターがついているのかわからなかった。しかもその映像は、ブラウン管っていうものを通して出てくる荒い映像で、芝居のうまくない俳優たちの演技に大げさな字幕がこれでもかというくらい書かれているんだから、ただ映像を眺めているだけでも退屈だった。運ばれてきた料理も、お世辞にも美味しそうなものではなかった。もちろんバーチャルの中のものなので、実際に食べることは出来なかったんだけどね。
彼にその空間のことを聞いても、なにかはぐらかしたような言葉が返ってくるばかり。だから私は、その空間の本当の使い方を知らないままだった。とにかく彼は、特殊な機械でなにか検索して入力したかと思うと、そのCM動画のような映像をひたすら食い入るように観るばかりで、私と楽しく会話するわけでもなく、その昔懐かしい雰囲気を楽しむわけでもなかった。わざわざ私といっしょにバーチャル体験をしなくてもいいのにな、と内心思ってしまった。彼は私のことをほんとうはどう思っているのだろうか?
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