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「じいちゃんは?!」
病院に入ってすぐ、母さんを見つけて問いかけた。
「あら、丁度良かった。入院の手続きするから会いに行ってて。……大丈夫よ。今は眠ってるけど命に別条は無いって」
安心した。
母さんの顔を見て気がついたけれど大事には至らないみたいだ。
「何があったの?」
「もう……お義父さんったら底の抜けた靴で転んだだけだって」
「……そっか」
「田中さんにも大袈裟だったかもって謝られたけどね、頭を打ってて打ち所が悪いといけないから検査入院して何もなければ明日には退院できるそうよ」
後悔した。
『ありがとう』だけじゃない。
サブじぃに伝えなきゃいけないのはそれだけじゃなかった。
「おう、来たか」
病室に入ると、サブじぃは起きていた。
四人部屋の入って左側。体を起こして僕を待っていたかのように少しばかり気まずそうに微笑んだ。
「大丈夫?」
「おう、心配かけたな。
先生もゆり子さんも大袈裟でな。太郎君(田中さん)には悪いが救急車は止めてくれと言ったんだが聞く耳が無くて困っちまったよ」
おでこに大きなガーゼが貼られたサブじぃはさっきよりも照れくさそうに笑った。
「……サブじぃ、ごめん」
「ん、どうした?」
「……僕のせいでごめんなさい」
恥ずかしかった。
何も知らず、何も考えず、僕はサブじぃからお金を受け取っていた。
「……何がだ?」
「我慢してたなんて……僕がもらってばっかだったから……」
「……ん?」
「お金だよ。靴も買えてないなんて思わなくて……!」
「だっはっは! ……っと失礼。
濡れてただけだぞ?」
「……へ?」
豪快に笑ったサブじぃは同室の患者に申し訳程度に頭を下げると悪戯っぽい笑みを浮かべていた。
「昨日の雨でいつものが濡れてただけだ。
昔履いてたやつをひっぱり出したら底が外れててな」
いや~参った参った。そんな手振りを見せた。
「……なんだよそれ」
「はっはっは、ちょっと履き心地悪かったから状態を見ようとしてバランスを崩したんだ。それで塀にぶつけてこの様だ」
「……マジか」
「マジまじ。でも良かったかもしれんなぁ」
「何がさ」
「これで金を無心されなくなるんだろ?」
「……これからは三枚! 慰謝料として一枚追加!」
「慰謝料てなんだ、そんなものあるか」
「なんでだよ、心配かけておいてそれはないわ」
「さっき謝ったくせに何を言ってるんだ」
「はあ? 夢でも見てたんじゃないの?」
「いーや、確かにごめんなさいしたわ」
「してないし! 頭打ってボケてんじゃないの」
「ちょっと何してるの! ごめんなさい、皆さん」
母さんが来て言い合いは止められた。
「「ごめんなさい」」
「私じゃなく皆さんに謝ってください。アンタもよ」
サブじぃと僕も渋々謝る羽目になった。
そして優しい視線を送られて少しばかり気不味い。
「ちょっとトイレ行ってくる」
僕は逃げるように病室を出た。
そしてすぐの所で立ち止まる。
病室の扉が自然に締まり、抑えていた感情が溢れてくる。
『 』
それだけだった。
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