4.サンタクロースは寝てる間に。

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―――紫雨さん、か。 彼とのことは、吉里と付き合ってしばらく経ってから誠意をもってちゃんと話した。 別に疚しいことはない。 身体の関係こそあったものの、 真剣に恋をして、バッサリ振られて、今は良き友人だ。 そう伝えたはずなのだが、吉里は紫雨の名前が出るたびにこうしてワンテンポ反応が遅れる。 ―――まあ、理屈じゃなくて、嫌なもんは嫌なんだろうな。 そのくらいのデリカシーは持ち合わせているつもりだ。 牧村は腹筋を使って起き上がり、胡坐をかくと改めて言った。 「―――吉里さん。今はあなただけですよ?」 『おお……』 吉里は感心したような声を出した。 「なに?おおって」 『あ、いや。“牧村さんがデレた“って思って』 吉里が笑っている。 「……は」 ―――真剣に言って損した。 牧村は目を細めた。 『ありがとうございます。でもそれとこれとは別で』 「―――別?」 『俺の知らない牧村さんを、紫雨さんは知ってるんだなって思って』 「―――!!」 思わぬ話の流れに牧村は思わずベッドの上で正座した。 確かに牧村と吉里はまだ、シテない。 それはなぜかタイミングを逃して、そういう雰囲気にならないのと、そもそも学会だ、住まいの展覧会だとどちらも忙しすぎて、ゆっくり時間がとれなかったのもある。 一応マンションの鍵は渡し合っているのだが、合いカギを使うどころか互いの部屋に遊びに行くことさえままならない。 そして、どこかでもうすぐいく旅行だからそれまでとっておこうと言いわけしている自分も確かにいた。 男である自分が、男である吉里を求めることを、彼が嫌がったり怖がったりしないか、自信がない。 もしそれで万が一にでも気まずくなるなら、今のままでもいい。 温かい風呂に使っているような心地よさのまま、年月を重ねて、歳をとっていっても……。 「―――本当に知りたい、ですか?」 試しに聞いてみる。 すると彼は、 『知りたい、ですよ?』 茶目っ気を込めて牧村の言い方を真似て言った。 「――はは」 牧村は微笑んだ。 「わかりました。じゃあ、近いうち」 『はい。近いうち』 電話口の吉里もおそらく微笑んでいる。 「―――寝ますか」 『そですね。今日は電話くれないと思っていたので嬉しかったです』 「あはは。クリスマスまで終わらせようと江夏が焦ってんですよ」 『え?』 「いや、こっちの話です。おやすみなさい、吉里さん」 『おやすみ、牧村さん』 牧村はスマートフォンを胸に置き、間接照明に照らされている天井を見上げ、ため息をついた。 窓の外には、雪がちらついていた。
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