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部屋番号を押してベルを鳴らすが、応答はない。
仕方がないので胸ポケットからスマートフォンを取り出し、電話を掛ける。
『―――あれ?牧村さん』
吉里の落ち着いた声が響いた。
『どこ?吉里さん!』
そう言うと彼は戸惑ったように息を吸った。
『え、まだ、大学ですけど?』
「は?こんな時間に?」
腕時計を見下ろす。もう23時になるところだ。
『ええ。ゼミ生の年末年始を潰しちゃ可哀そうですから。今のうちに卒論の添削やってました』
「―――――」
――なんだよ。取り越し苦労じゃねえか。ザキシノめ!
牧村はエントランスの真ん中でしゃがみこんだ。
『牧村さんはお仕事終わりましたか?』
吉里のいつもの柔らかい声が響く。
「ーーー終わった」
『お疲れ様です』
『ーーー吉里先生?』
後ろから女の声がして、牧村は危うくスマートフォンを落としそうになった。
『ここの話の展開の仕方なんですけどー』
『あ、ちょっと待ってね』
そう言うと牧村は声を潜めた。
『土日、無理しないで頑張ってくださいね』
「あ、はい……」
『おやすみなさい』
「―――え?」
電話は切れてしまった。
「ゼミ生って……」
―――女かよ。
牧村はその言葉を飲み込むと、しゃがんだまま頭を垂れた。
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