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◆◆◆◆
いつもは土日の前には開けないビールを飲みながら牧村は天井で回っているモビールを見上げた。
「クリスマスイブか……」
今頃、保坂は婚約者と一緒に楽しい夜を過ごしているだろうか。
仕事で忙しいと言っていた篠崎だって、きっともう新谷が待っている家に帰っているだろうし、紫雨だってきっと林が作った手料理に舌鼓を打っているだろう。
「―――クソ。やっぱりあの人、疫病神だ」
牧村はビールをローテーブルに置き、代わりにソファのクッションを抱きながら目を瞑った。
さっきまで何とも思わなかったクリスマスイブが突然特別なものに感じてくる。
なのに自分は恋人と一緒にいない。
しかもあろうことか恋人は若い女と一緒にいる。
―――初めてのクリスマスイブなのに。
我ながららしくない思考に苦笑しながら目を閉じると、疲れた体にアルコールが回り出した。
ものの数秒で現実と夢との境目が曖昧になる。
口を開けたまま呼吸を繰り返す。
ダメだ。
ベッドに行かないと。
―――牧村さん。お疲れ様です。
どこからか吉里の声が聞こえてきた。
夢現に出てきてくれたらしい。
―――こんなところで寝てたら風邪ひきますよ?
フワッと何かが身体に掛けられる。
温かい。
―――ふふ。そうですか?
何笑ってんだよ。
俺はあんたのせいで……。
―――俺のせいで?どうしたんですか?
クリスマスイブに……。
―――イブに?
一人でいるの、寂しくなっちゃっただろ。
―――ふっ。
あんたのせいだ。
―――それは失礼しました。お仕事の邪魔しちゃだめだと思って。
邪魔じゃない。
―――え?
あんたが俺の邪魔になることなんて、絶対ない。
―――ありがとうございます。
それなのに。女となんていんなよ。馬鹿。
―――女?
いただろ。さっき……。
―――生徒ですよ?
んなのわかってるよ。じゃなきゃ殺す。
―――はは。牧村さんの素が見えるの新鮮ですね。
ガキ扱いして……。
―――してないですよ?
してる。
―――でも牧村さん。
?
―――28年間いい子でいたから、きっとサンタさんが来てくれますよ?
ほらな……ガキ扱いしてんじゃねえか。
―――だから、いい子のまま、おやすみ。
………はぁ?
ーーーーー。
吉里の声が返ってこないので、牧村はいよいよズルズルと夢の世界に吸い込まれていった。
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