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【解説】
人間は誰しも、泣きながら生まれてくるものであろうが、私の場合、そのまま泣き続けて物心をついてしまったのではなかろうか、という感がある。
幼い時分、とにかく泣き虫で、ずいぶん親を困らせたものだ。
深夜、火がついたように泣く三歳くらいの私を抱いた父が、
「ビーツク、ビーツク泣くなぁ!」
と、恐ろしい顔で怒鳴っているというのが、私の最も古い記憶である。
この当時の父の年齢を考えてみれば、三十歳くらいであったろう。
大手食品メーカーの地方工場の一介の労働者だったのだが、まさに働き盛りで、早朝から夜中まで、それこそ馬車馬のように働いていたと思われる。
光陰矢の如く時は流れ、気が付けば父は白髪頭のヨボヨボの老人となってしまった。
当然、私の上にも光陰矢の如く等量の時が流れ、私はいい齢こいたオッサンになった。
が、私は、言うまでもなく、父が重ねた苦労の万分の一の苦労も重ねていない、天衣無縫の阿呆なのである。
こんな短歌をこっそり詠んで半生の反省をしていることが父に露見すれば、また幼い時分のように、
「ビーツク、ビーツク泣くなぁ!」
と怒鳴られるに違いない。
ああ、恐ろしい。
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