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お兄ちゃんの声が歪みそうになる。
内容が内容だし、しかもこんなところで、無理して話さなくていいよと思う。その一方で、お兄ちゃんたちの過去は、どんなささいなことだって知っておきたい。
ぼくは口を真一文字に結んだ。つまづきそうになってもどんどんと言葉を吐き出し続ける横顔をちらっと見上げた。
「病名は教えてくれたけど、そうなるまでの詳しいことまでは話してくれなかった。それで悟った。やっぱ俺を産んだせいだったんだって。だから兄貴は、俺に冷たかったって」
お兄ちゃんが喋るスピードを上げる。まるで綱渡りだった。
「でさ、そのときばっかは、なんでか兄貴が車で迎えに来て、俺、車ん中で問いただすようなことしたんだよ。したら兄貴は、お前が気にすることじゃないって言いやがった。どうせなにも知らないんだから、このまま知らずにいろって突き放されたようで、俺は兄貴の車から飛び出してた。……そんで、どっかの公園の、トンネルみたいな遊具ん中にこもった。そこで、いつの間にか寝たらしくてさ、目が覚めたら病院のベッドにいた。それから、肺炎……で、一週間入院した」
「それ、一清さんたち、とっても心配したよね」
「……」
「肺炎て──」
咲子さんが最後に罹った病気だ。
とうとう、お兄ちゃんは黙り込んでしまった。キテるところまでキテるのもわかったから、ぼくはそれ以上なにも言えなかった。
それにしても、なぜ、いまここでだったのだろう。一清さんが来るまでの繋ぎに思いつくような話題でもない。
現にお兄ちゃんは、大勢が行き交う場で、らしからぬ涙と闘っている。こういう話をしてしまったら、感極まるのを抑えられないとわかっていたから、いままでほとんど口にしてこなかったんだ。
「ったく。なんなんだよ、きょう」
お兄ちゃんがベンチから立ち上がった。舌打ちもする。
「……悪かったな。変な話して」
ぼくは首を横に振った。
背を向けてしまったお兄ちゃんには、それが見えてなかったと気づいて、慌てて声にもした。
「ぜんぜん変な話じゃない。むしろ、ぼくに話してくれてありがとう」
「まじで動揺がひでえ。少し、頭冷やしてくる」
お兄ちゃんはぶっきらぼうに言うと、髪を掻き乱し、振り返らずに歩き出そうとする。その腕へ向かい、ぼくは手を伸ばした。
「ま、待って……っ」
しかし、すでにお兄ちゃんと距離ができていて、空を掻くようにしながら、ぼくはベンチへのめった。
それでも、シャツの裾の裾を、なんとか掴む。
「もうすぐ一清さん来るからっ」
「てか、そうまでして引き止めなくても、すぐ戻ってくる」
お兄ちゃんがようやく振り返った。
「う、うるさいな。必死にもなるよ。一清さんが来たときにお兄ちゃんがいなかったら、ぼくにとばっちりがくるんだよ」
手を離し、ぼくは体を起こした。睨むようにして見上げると、すぐさまお兄ちゃんは背を向けた。
やけに真剣な声で、ぼくの名前を呼ぶ。
「……なに?」
「さっきの話……」
「うん」
「ただむかし話をしたかったわけじゃねえんだ。いまんなって、それでわかったことがあるってのを、お前に伝えたかったんだ」
お兄ちゃんは、いつもの強いまなざしを、つき下ろしてくる。
「あのときの兄貴の気持ち……。どんなに説明されたって、黙ってることが俺のためだなんて、ぜんぜん理解できなかった」
「……」
「けどさ。いまならわかるんだ。お前が──」
お兄ちゃんから、しばし目を離せなかったぼくだけど、なにかがおかしいことに気づいた。話の途中でも構わず口を尖らす。
「あ? なんだ」
「泣いてないじゃん」
お兄ちゃんの目は、なんら変わりない。潤んでもないし、ましてや赤くもない。まつ毛だって乾ききっている。
「泣いてるフリ? それとも、テイ? ぼくはすごく心配したのに!」
「俺? なにがだよ。つうか、こんなとこで泣くとかあるかよ。お前じゃあるまいし」
ぼくだって! 中学生になってからは、大勢の前では泣いてない!
そうベンチから立ち上がったとき、一清さんの声がした。
それにいち早く反応したお兄ちゃんを、すかさずぼくは捕まえた。腕を掴んでぎゅっと抱え込む。慌てたお兄ちゃんに肩を押されても食らいついてやった。
桜のボーレイだの、いかにも泣いているようなフリだの。ぼくをまた翻弄した仕返しだ。
やがてぼくらの前にやってきた一清さんは、不審げな顔をする。
あくまでハプニングだったと、お兄ちゃんは念押しにいくと思ったから、先手を打たせてもらった。ぼくが含みを持たせて目を上げると、一清さんはなにかを感じ取ってくれたようだ。
それに、お兄ちゃんには前科もいっぱいある。
お酒が入っているせいか、いつもより笑みの割合が多い一清さんが、お兄ちゃんの首根っこを掴んだ。
しめしめ。
ぼくはさっさとお兄ちゃんを差し出し、小さく拳を振り上げた。
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