65人が本棚に入れています
本棚に追加
高そう……なんて思っていたぼくの目の前に、一枚の名刺が出てきた。
「ほんとは、これをあげたくて、人夢くんを待ってたんだ」
よく見ると名刺ではなかった。お店の宣伝カードだった。
「喫茶ソレイユ」とある。住所と電話番号、幹線道路からの簡単な地図もあった。この幹線道路は、ぼくらの通学路でもある。
ぼくは顔を上げた。
見覚えのある住所をさす。
「ここって……」
「そのお店、ことしの始めくらいからかな、働かせてもらってるの。お兄さんの紹介で」
「お兄さん?」
「そう。『マイディアサン』の」
次郎さんだ。
「人夢くんが好きそうな、いい感じのお店だし。教えてあげたらって。お兄さんも」
「この住所……。霊園近くの、ですよね」
「あ、うん」
ゆかりさんの声が少しだけ沈んだ。でも、次には明るく言ってくれる。
「住所はそうだけど、お店から霊園は見えないし。橋からだと、結構手前にあるんだよ」
いまだに、なにもない日にあそこへ行くのはためらわれる。ぼくにとっては聖域みたいなとこで、簡単には踏み入れない。
……けれど、いま気になるのはそこじゃない。
「この喫茶店……」
勇気くんの言葉がよぎる。
確かめたいけど、ゆかりさんは勇気くんを知らないし、説明しようにも、どんなお店なのか、詳しいことまでは聞いてなかった。
……フロマージュは、どこにでもあるメニューだろうし。
そんなふうに、またいろいろと考えているうちに、善之さんがやってきて、ゆかりさんを連れていってしまった。
ゆかりさんは最後に、「だれか、女の子とでも来てよ」なんて置いていったけど、それにも、ぼくはなにも返せなかった。
最初のコメントを投稿しよう!