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「まあな。俺は味オンチらしいぜ」
「……ちょ、ちょっと!」
素早くお兄ちゃんの手を掴み、元へと返す。
「片手ハンドルはやめてってば。免許持ってないぼくでも、お兄ちゃんが初心者なのは重々わかってるんだから」
「……結局、うるさく言われんのかよ」
「お兄ちゃんがふざけてるからでしょ。ぼくだからなにも言われないなんて、過信がすぎるよ。とにかく、安全運転だけはお願い」
強く言えば、お兄ちゃんはすぐに神妙な顔つきになった。
悪い。一言、そう謝ってもくれた。
お父さんのことを、お兄ちゃんも思い出してくれたのかもしれない。
ずいぶん、遠くまで来た。
二つ三つ町を越え、お兄ちゃんの運転する車は、こちらも鉄板通り、海沿いの「道の駅」へ入った。
オフシーズンでも、こういうところはなかなかの人出だ。
きょうはいい天気だし。気候もいいから、ドライブにはもってこいな日だ。結構スペースのある駐車場でも、満杯に近かった。
「そういえば、お兄ちゃんさ」
完全に車が停まったのを見計らって声をかけた。
ダッシュボードから携帯と財布を取り出しながら、お兄ちゃんはぼくに視線をくれた。
「ん?」
「先々週だったっけ。ゆかりさんがうちに来たことあったじゃん。そのとき、なんか、ゆかりさんに怒ってなかった?」
「なんだよ、急に」
「急に、ふと思い出したの。そのこと」
「気のせいだろ」
軽く流すように言って、お兄ちゃんは顎をしゃくった。「出ろ」を示す。
これは触れてはならないことなんだと直感した。お兄ちゃんが今日一の不機嫌になったから。
それが一瞬だったのか、尾を引く感じなのか、ぼくには確かめる必要がある。お兄ちゃんの腕を掴んで、道の駅の建物を指さす。
「ねえ、ぼく、ソフトクリーム食べたい」
「は? ……しょうがねえな。つうか、女子かよ」
よかった。どうやら一瞬だったみたいだ。
「うるさいな。こういうとこ来て、食べないほうが珍しいんだよ」
マジかよ。そう半笑いでいたお兄ちゃんだけど、売り場に並ぶ人たちを見つけるとしかめっ面になった。老若男女、みんながみんな、ソフトクリームを手にしている。
「二つ頼む?」
したり顔で覗き込んでみれば、お兄ちゃんは眉間のしわを深くした。
「俺はいらねえ」
「おいしいのに。家でも、ガリガリ君食べてるじゃん」
「あれはいいんだよ。ソフトは、女の食いもんだろ」
そう言いながらも、お兄ちゃんは、「買ってくる」と、ぼくから離れた。
お兄ちゃんの持論にも、一理はあるのかもしれない。
お兄ちゃんが並んだ列は、女の人ばかりだった。おばさん軍団と、二十代後半くらいの女の人たちに挟まれている。話しかけられてもいる。
いくらお兄ちゃんが年上好きでも、あれは気の毒かもしれない。ぼくのぶんだけだし、交代しようかとも思ったけど、ああいう困り顔なお兄ちゃんも面白くて、やっぱり遠くから眺めていることにした。
お兄ちゃんから渡されたソフトクリームに口をつけつつ、建物から出る。
潮風に誘われるまま、どちらともなく、広場の奥へと向かった。
この道の駅は海に隣接してある。しかし砂浜はなく、代わりに、コンクリート製の階段が十段ほどある。その真ん中辺りで、ぼくらは並んで腰を下ろした。
横は数十メートルはある段差に、同じように座っている人たちの背中が点々とある。
建物を後ろに左手を見れば、海岸から沖へと伸びる遊歩道がある。橋みたいに欄干があって、先端は大きな円となってある。
「あとであっちも行こう」
ぼくが遊歩道をさすと、お兄ちゃんも首を動かして、「ああ」と頷いた。
太陽は、だいぶ傾いてきている。ソフトのコーンをばりばりいわせながら携帯を開けば、時刻は六時を告げていた。ここへ来るまでの時間を考えると、家に着くころには、みんな夕ご飯をすませているかもしれない。
お昼も奢ってもらった。このままだと、夕ご飯もどこかで食べると、お兄ちゃんは言い出しかねない。
お兄ちゃんも学生で、お金の問題ももちろんあるけど、「借り」みたいなのも作りたくなかった。ぼくが誘ったんじゃないから、そういう心配はいらないのかもしれない。兄貴のメンツがどうのこうのと言われるだけで。
コーンのおしりを口に押し込み、ぼくは腰を上げた。
「やっぱ、もう帰ろう。きょうのご飯、一清さんが担当だったし」
「は? 遅くなりそうなら連絡すりゃいいだろ。一日ボイコットしたからって、目くじら立てるような器じゃねえよ」
「違う。一清さんの器の問題じゃなくて」
「あ? じゃあ、なんだよ。つうか、兄貴がってお前が言うからだろ」
ぼくは腕を引いてお兄ちゃんを立ち上がらせた。
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