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タイ料理とパクチーの不思議
うろ覚えで申し訳ないのだが、たしか「地球の歩き方」のコラムだったと思う。タイ出身の日本の大学教授が「タイは舌の文化。タイ料理ほど人間の舌を楽しませる料理は無い」と書いていた記憶がある。
自国の食文化を誇るのはタイ人に限ったことではないが、たしかにタイ料理は古くより「世界最高の日常食」といわれていたし、日本でも有名な「世界三大スープ」のひとつトムヤムクンや、CNNインターナショナルで「世界で一番美味しい料理」に選ばれたゲーン・マッサマン(マッサマンカレー)といった世界的メニューを擁するのだから、そりゃ料理の美味さを誇るのも当然といえる。
中華、フレンチと並ぶ世界三大料理を誇るトルコ人に怒られるかもしれないが、他者評価でいうならトルコ料理よりタイ料理のほうが評価高いんじゃなかろうか?
タイ料理の特徴は一言で言うなら複雑な味付けだと思う。
複数の味(甘味、辛味、酸味、塩味、旨味)のすべてがバランスよく含まれていることが、タイ料理にとって最も「美味しい」という価値基準になるらしい。
さらに味の時間差攻撃という高度な技まである。
これは皆さんもおなじみのトムヤムクンに例を取るとわかりやすいかもしれない。トムヤクムンには澄まし汁的なナムサイと、コクのあるナムコンの二種類あるが、この違いはココナッツミルクを入れるかどうかで決まる。
できれば高級なタイレストランでトムヤムクン・ナムコンを頼んでみよう。
スープを口に含むとまず最初に感じるのは塩味だ。エビの旨味が濃厚なブイヤベースのような味わいかもしれない。
やがて少し遅れて酸味がやってくる。レモングラスの香りと相まって爽やかな酸味だ。しかしここで油断してはいけない。次に強烈な辛みが襲ってくるのだ!
その辛みがやがてゆるやかに鎮まってくると、最後に口中に残るのがまろやかな甘味と旨味である。しばらくその余韻に浸るのが良い。
こういうトムヤムクンだからこそ世界三大スープのひとつに数えられるのだと思う。
さて、タイ料理は特に辛い物が苦手な人以外には日本でも人気が高い。
ちょっとした都市部にはたいていタイ料理店があるし、なによりタイ料理には大きなハズレが少ないのも人気の秘密かもしれない。
タイ料理といえばパクチーが欠かせない。
近年はパクチーも大ブームでパクチーバーなんてのまで存在する。
タイ料理に関係なくコリアンダーの代名詞がパクチーというタイ語になってしまったようである。
ところで私の自伝的小説「空手バックパッカー放浪記」をお読みいただいた方はご存知のとおり、私は90年代後半から2000年代にかけてタイを基軸にアジア諸国で活動していた。タイでは特にタイ料理を食べる!と意気込まなくても、普通に日常食がタイ料理だった(むしろいかにタイ料理以外を食べるかを食のテーマにしていたことがあるほどだ)。
そしてその当時、日本人はそれほどタイ料理が好きではなかったと思う。
タイで出会う日本人の多くがナンプラーの匂いが苦手なうえに、パクチーが大嫌いだった。
パクチーは「カメムシの匂いがする草」とか「このヘンな草がすべての味をダメにしている」など、ひどい言われようだったのを覚えている。
当時のパクチーの嫌われぶりは、日本人が最初に覚えるタイ語が「マイ・サイ・パクチー(パクチーを入れないでください)」であると言われていたことからもわかる。
日本に帰っても、数少なかったタイ料理屋は日本在住のタイ人か、変わり者の行く店だった。バンコクの安宿で沈没していたような男たちが主な客層だったし。
もっと昔のバブル期には、タイ料理を含むエスニック料理がオシャレともてはやされてはいたのだが、バブル期の若者はお子ちゃま舌が多かったもので(ある意味これこそが鋭敏な味覚なのだろう)、酸っぱい辛いタイ料理は本当にはウケてなかった。まったく酸味の無いトムヤムクンなんてものがあったほどだ(私には食えたもんじゃなかったが)。
それがどうしたことだろう。
2020年を過ぎた今では日本中、どこに行っても本物のタイ料理が食べられるようになったし、どこからか青パパイヤを仕入れてソムタムまで提供されているし(昔はきゅうりでソムタム作ったりしていた)日本人はもしかしたらタイ人よりパクチーが好きだ(タイ人はパクチーで作ったモヒートを飲むほどパクチー好きではないからね)。
100円ショップではタイ製のナンプラーやオイスターソース、スイートチリソースが買えてしまう。パクチーやパップン(空心菜)が普通にスーパーの野菜売り場に並んでいる。
いったい何がどうなってこんなことになったのだろう?
いや、喜ばしいことなんだけどこれ本当に不思議なのですよ。
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