うま味調味料を擁護する

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うま味調味料を擁護する

 その日、日本の某調理学校の実習用キッチンには全国各地より名のある料理人たちが集結していた。彼らの専門は和食、フレンチ、イタリアン、中華と様々であったが誰もがただ一人の男を注視していた。  その男こそが中国四千年の歴史の中でも最高の天才料理人と称えられ、世界中のあらゆるシェフの上に君臨するといわれるスーパーシェフなのだ!  スーパーシェフはその場に居る料理人たちをぐるりと見回すと口を開いた。 「この中で中国料理を作っている者は誰だ」  数名の者が手を挙げた。 「ふむ。その中で最高の料理人は誰だ」  その場の全員がひとりの男に視線を送った。日本の中華料理界のドンと称される有名シェフである。スーパーシェフはそのドンに尋ねた。 「君はいつもどんな料理を作っているのかね?」 「私は素材の持ち味を生かす料理を心がけています」 「ほう・・たとえばどういう風に」 「私は化学調味料は一切使用しません」  ドンは誇らしげにそう答えた。  しかしその言葉を聞いたスーパーシェフは吐き捨てるように言った。 「そんなものは中国料理ではない」 ・・・・・・  というような小噺を枕に今日は日本が世界に誇る「うま味調味料」の話題。  よくラーメン屋とかで壁に「当店は化学調味料を使用していません」と張り紙しているところありますが、そういう店って大抵美味くないですよね。味の素持参して店主の目の前で振りかけてやりたくなります。  「うま味調味料」みんな本当は大好きなのになぜか嫌われている不思議な調味料です。毛嫌いする人はいまだに「化学調味料」と呼びますが、別に科学的に合成した薬品ではなく、サトウキビを発酵させて作った発酵調味料です。塩とか砂糖と大して違いはありません。ただ塩や砂糖に比べて発見されたのが比較的近代であるというだけです。  世界のほとんどの地域で長い間、味というのはおおむね三~五種類に分類されていました。甘味、塩味、酸味、これに苦味と辛味を合わせて五味になります。ものの味というのはすべてこの五味の組み合わせで生まれるというのが、世界の常識だったわけです。  しかし明治四十年、日本の科学者・池田菊苗博士が人の味覚にはそれ以外にもうひとつ「うま味」が存在すると提唱しました。六番目の重要な味の発見です。それまでは玉露など高級な緑茶などで「甘味」と表現されていたけど、砂糖の甘味とは明らかに違うその味のことです。後に池田博士は昆布の旨味成分がグルタミン酸であることを発見し、それを精製したものが「味の素」として商品化されました。  世界の誰もが気付かず曖昧なままであった味覚を発見し、精製して調味料として世に送り出したのは日本が誇るべき大発明です。世界の食文化を変えたといってよい発明でしょう。世界中の食べ物の味が劇的に美味しくなったのです。  ところが現代では「合成着色料」や「合成保存料」などと同様の添加物だと思っている人が少なくありません。何か発がん性とか有害成分だと思っている。神経毒だなんていう人も居ます。  こういう風に言われ出した発端はサンフランシスコの中華街で食事をした人の多くが舌の痺れや頭痛や顔の火照りを訴えたことがあり、それは中華料理に含まれる「化学調味料」の仕業に違いない!と無根拠に断定されたことに始まます。いわゆるチャイナレストラン・シンドロームです。  そもそもグルタミン酸をダイレクトに舐めてみても、舌は痺れないし顔も火照りません。頭痛も起きません。中華を食べて舌が痺れたならそれは山椒のせいだと思うし、顔が火照ったり気分が悪くなったのなら紹興酒のせいじゃないでしょうか。油当たりも考えられます。現在では科学的にチャイナレストラン・シンドロームと「化学調味料」の因果関係はまったく否定されています。風評被害もいいところなのです。  1980年代にはFAO/WHO合同食品添加物専門家会議においても、うま味調味料は安全であると認定し、その他複数の研究団体も安全性を認めました。  科学的には「うま味調味料」にはなんら有害性は無いことが立証されているのです。いい加減、風評被害をなんとかしたいものです。  家庭で自分で料理を作るときには「味の素なんか使いません!」という人が多いのですが、外食のときには結構おいしく食べているものです。  私の知人の腕のいい料理人ははっきり言いきっています。 「行列のできるお店というのはほぼ例外なく、砂糖、油、うま味調味料の配分が絶妙なんですよ。けっしてそんなことは口外しませんがね」  
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