姫君と魔法の眼鏡[前]

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──あのめがねが、まじないもの?  聞いた途端に、アルハ姫は大きな眼を見開いて彼のほうへ身を乗り出した。 ──うん、じょうだいさまはあのめがねでまじないをかけて、ふつうの人には見えないものを見てるんだって、兄弟子たちが。まさか、そんなことあるわけないのにねえ。  相手の厄介な気性をすっかり忘れて、シュロはのんきにそう答えた。  彼は三歳のころから西陵(せいりょう)城下の剣術道場に出入りしているが、そこを営んでいるのは山峡国(やまかいのくに)で随一の武名を誇るムカワ家の分家筋。つまり城代ムカワ・フモンの親類に当たるわけで、そのせいか門下生たちの間では面白半分に、彼にまつわるさまざまな逸話が口に上る。生まれて三日で文字を書き始めたとか、暴れ馬に説教をしておとなしくさせたとか、眉唾な噂ばかりだったが、そこに最近になって加わったのがこの「(まじな)い眼鏡」の話だった。  何しろムカワ城代と言えば、贅沢も好まず酒色も寄せつけずまるで石仏のように恬淡として、およそ情けやら愛着といったものとは縁のなさそうな男だ。そんな彼が肌身離さず持ち歩いて誰にも触らせないという、精緻な細工の施された片眼鏡。一体どういう所縁の代物なのか、とても気安く尋ねられるような相手ではないだけに、周囲の人々は無闇に想像を膨らませるばかりだった。  冗談めかしてささやかれた憶測は大人から子どもへと伝わり、尾ひれも背びれも付け加わって、シュロのもとへ届いた。そこで止めておけばよかったのだが、アルハ姫から城下の話題をせがまれると、彼はつい何でもしゃべってしまう。 ──よし、たしかめてやろう。  姫が両の眼を爛と光らせて立ち上がったとき、少年はようやく己の失策に気づいたが、後の祭りだった。
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