姫君と魔法の眼鏡[後]

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「ほんとに、きのうはひどい目にあったよ」  地面に落ちている松の葉を拾い集めながら、シュロの愚痴は続く。 「母さまときたらもうカンカンで、ぼくみたいな子に食べさせるごはんはないってさ。姉さまがこっそりおやつを分けてくれなかったら、はらぺこでたおれるところだった」 「それは、なんでもかんでもしゃべってしまうシュロがわるい。だまっていれば、わからないのに」 「だって、あんなにかえりがおそくなったんだもの、わけを話さなくちゃうちに入れてもらえない」  口をとがらせて言い返す。父親譲りとよく言われる嘘のつけない性格で、今まで得をしたためしがない。 「にわの木にしばりつけられなかっただけでも、よかったではないか。こうして、しろへ来ることもゆるされているようだし」  アルハ姫は竹のほうきで地面を掃きながら、人を食ったように笑う。もちろん革帯はすでに彼女のもとに戻り、その細い腰にきっちりと留められていた。  とはいえ、彼女のほうも、昨夜はいろいろあったそうだ。守り役のユウがどこからか事の顛末を聞きつけたらしく、みっちりと叱られた。さすがに食事抜きとはならなかったが、罰として今朝からこうして館の掃除をさせられている。  手伝いを頼まれたわけでもないが、何もせずに見ているのも落ち着かない。シュロは拾い集めた落ち葉を掃き溜めに放ち、両手をはたいた。陽射しの中に塵が舞い、白く煙る。 「あのめがね、もともとは、うちの店でしいれたんだって」  少し声を低めて彼が言うと、ほうきを動かす手が止まった。 「前のじょうしゅさまが、ぼくの父さまにたのんで、店から買い上げたものなんだって」 「母上が?」 「うん。右目が見えなくなってきたムカワさまのために」 「そうだったのか」  西府(さいふ)でも指折りの小間物屋が仕入れ、今は亡き英雄テシカガ・シウロの手でマツバ姫に献上された片眼鏡。そもそも、いかがわしい品であるはずがなかったのだ。  ほうきが再び動きだす。針のような落ち葉の表層が、地面から剥がされていく。うつむき加減の横顔から、いつしか笑顔は消えていた。 「もしもほんとに、あれがうわさのとおりのめがねだったらさ……」  昨日からずっと聞きそびれていた問いを、少年は口にする。 「アルハさまは、なにを見るつもりだったの?」  少女は顔を上げて、その大きな眼を彼に向けた。まっすぐに見つめられると、なぜだかいつもぎくりとしてしまう。相手が一歩、こちらへ足を踏み出した。
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