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僕を誘ったにおいは所謂自殺の名所へと続いていた。
いつもならその崖下からにおいが漂って来るのだが、何故か今日は上からしている。どう言う事だと不審に思いながらも、僕は崖の上まで走って行った。
そして近くの木の陰に身を潜め、においの原点を覗いた。
そこには崖下を覗く人がいた。
その人はずっと下を覗きながら、飛び降り防止の柵を握ったまま動かない。恐らく決心した死を前に怖じ気づいているのだろう。においがいつもと違うのは、恐怖でその思いが揺らいでいるからなのかもしれない。丁度、飛び降りた後落ちている途中に放たれるにおいと似ている。
恐らくその人はもう飛び降りないだろうと諦めた時、油断が僕のそばにあった植物を鳴かせた。それに一早く気づいたのはその人で、酷く体を跳ね上げて僕の方を振り返った。
「誰?」
震えた声がそう言った。しまったと思いながらも、このまま逃げたらきっとその人は怖いままだ。
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだ。」
意を決した僕はそう言いながら姿を見せた。その人の顔を見て安堵した。僕を見ても恐怖の色が現れなかったからだ。
僕が寄ると、においが段々と薄れていく事に気がついた。こんな所まで一人でやって来るのは相当な覚悟だっただろうに、この一瞬でその気持ちがなくなっていくなんて。
「危ないよ」
もはや食事も出来ないだろうと諦めていた僕は、そこから彼女を離そうと注意を促した。彼女は案外素直に頷き、身を翻した。
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