ヒトクイ

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 そして今日も、誰かが人知れず命を絶った。山の奥で人の世と別れを告げた。  前触れもなく鼻孔の奥にそれを感じる度、僕は走り出す。まるで獲物を見つけた猛獣のように、そこをめがけて一直線に走る。  その日は実に三日ぶりの食事で、僕の顔には笑みが零れていた。不吉だろうと思いながらも、ようやく食らいつけるその肉の味を思い出しては、自然と唾液が舌を覆う。  ここだと足を止めた場所は、気を緩めれば一生抜け出せなさそうな程木が生え仕切った林だった。  木の間に浮かぶ黒い影。  近づくと、それは側にある枝からぶら下がっていた。  首吊りだ。  汚物が垂れ落ちるその体は揺れも収まってきていたようで、縄に絞められたその表情だけが苦しさを物語っていた。  「今楽にしてあげるよ」  小柄だが力のある僕だからこそ、その大きな体を抱えられるのだろう。縄を切った途端重力に従った体が僕にのしかかる。何とか両手で支えて、僕はそっと地面に死体を横たえた。  「苦しかったね」  尚も開いたままの白目と口を、僕は優しく閉じさせた。そんな事をしたってきっとこの人の魂は何も変わらない。でも何故か僕はいつもこうして、最後に体に向けて両手を合わせる。  「成仏しますように」  冥福を祈った後、僕は頂きますを言ってようやく食事にありついた。  静まりかえった林の中、肉を裂き、肉塊を咀嚼する音が響き渡る。  食事の時間はいつも夢中になる。さっきまでその死を弔っていたなど、この現場を目撃した人は到底思わないだろう。  僕は食べものを粗末にしない。頂く肉は全部食べてしまう。骨は流石に食べられないから、その場所に埋めて最後、もう一度手を合わせる。  そこまでするのに、何故化け物と呼ばれるのだろう。人は平気で食べものを捨てるのに。動物も植物も、人が口にするものは全部命があったものだ。  それなのに沢山つくって沢山捨てるのだから、どっちが恐ろしいかわからない。
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