8人が本棚に入れています
本棚に追加
アルバイトの西山 サキはステンドグラスを眺めていた。
3時半の昼の光を受けて繊細に輝く、ステンドグラスがドアには取り付けられている。
このステンドグラスを眺めると、少しばかり心が落ち着く。
ここは地下でひっそりと営業する喫茶 マルサク。
平日の昼下がり、客がとことん少ない空間で、サキは胸ポケットに入ったペンを取り出したり、ポケットから彼女の常備品である飴を撫でたりと暇を持て余していた。水玉模様のピンクの包み紙は、この店のステンドグラスと同等にサキのお気に入りだ。
すると、退屈のもやを払うようにドアベルが店内に静かに広がった。
サキは「いらっしゃいませ」と礼をすると、入って来た生真面目そうな男性を席へ案内する。
スーツを着た男性は、席に着くとサキを呼び、ポケットから指輪ケースを取り出した。
「店長さんに渡してもらえませんか?『来たよ』と言ってたと」
「直接渡さなくても、よろしいのですか?」
男性は首を横に振ると、サキに指輪ケースを持たせる。黄色のポピーが刺繍されている、上品なケースだ。サキは微笑むと、店の奥へ足を速めた。
奥では店長がお湯を沸かしている最中だった。
「店長、先程いらっしゃったお客様が、『来たよ』と」
店長は目を見開くと、サキに見えぬよう指輪ケースをそっと開いた。
ケースを閉じ、店長は客席に歩を進め、男性を店の奥まで連れて来る。
「サキちゃん、ちょっと店番頼むね」
関係者のみが入れる部屋に店長とスーツの男性が入ると、鍵がかけられた。
社交的とは言えないサキを雇ってくれ、接客の仕方を丁寧に教えた彼女に遂に春が来たのだ。
店長も大胆なものだとサキはにやける。
店番を頼まれたものの、店内には団体客の5人と他3人しかいない。
胸を高まるのをこらえながら、サキは入り口のドアに目をやった。
最初のコメントを投稿しよう!