アリの歌、キリギリスの働き

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「はへ?」  あまりに藪から棒で、変な声が出てしまった。 「……あ、ああ。おう。そりゃ大変だな」 「本当に大変だよ。かれこれ二社は受けたけど、どっちも不採用だったしさぁ。就活とか転職活動って嫌だね。なんだか惨めな気分になってくるもんな」 「どんだけ男女の雇用均等とか働き方改革とか言われていても、やっぱりこの不況のご時世、女性の再就職って難しそうだもんなぁ」  寿退社が死語になりつつある昨今である。いくら旦那の稼ぎがいいとは言っても、きっと俺なんかには想像もつかないような家計の苦労があるのだろう。  うんうんとわかったように頷く俺に、しかし勇翔は笑みを深くしてみせた。 「あ、ちゃうちゃう。転職活動中なのは、俺」 「……は?」  何を言っているのか、しばし理解できなかった。  あんぐりと阿呆のように口を開ける俺に、勇翔は懐から、白い錠剤の詰まった袋を出してみせた。 「うつ病って診断されちまったよ」  まるで天気のことでも話すような気楽さで、俺の親友は言った。 「ある時から急にやる気とかやりがいとか、ふっつりと途絶えちゃってさぁ。それで病院に行ってみたら、あっという間にドクターストップ。流石に入院は免れたけどね……」  頭の中に、バケツいっぱいの氷をぶちまけられたようなショックがあった。俺の頭のどこか片隅で、比較的冷静なもう一人の俺が、懸命に勇翔の話の否認を試みる。  うつ病だって? よりによって勇翔が? こんな、学生時代と何ら変わらないノリで、気さくに話しかけてくれるこいつが? そんなバカな。だってうつ病ってのはもっと気分が落ち込んで、それこそ他人の結婚式なんか出られそうにない精神状態になるもんじゃないのか?   ──冗談なんだろ?  無意味とわかりきっている問いかけを、思わず口走りそうになった時だった。  不意にトイレの戸が、再び開いた。  俺はよほど動揺を露わにしていたに違いない。入ってきた茶髪の大柄な若造は、こちらに一瞥をくれるなり、尋常ならざるものを目の当たりにしたような顔になった。  それで二人の間に張り詰めていた何かが、ふっつりと切れた。パンパンと手を鳴らして、親友は言った。 「場所を変えようか。ここはちょっと、迷惑になる」  トイレから出ながら、俺は背後を歩く親友に、よっぽど言ってやろうかと思った──その笑い方はやめてくれよ。  昔のお前は、俺が大好きなお前は、そんな風に苦笑いなんてするような奴じゃなかったじゃないか。
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