0人が本棚に入れています
本棚に追加
『廊下を走らない』
それは、まだ桜の花びらが舞い散る季節。
とある日の、とある中学高校一貫校。
4時限目の授業の終了、そして昼休みの開始を報せるチャイムが鳴り響く。
チャイムが鳴り止むと同時に、勢い良く数名の生徒達が教室を飛び出した。
廊下の掲示板には『廊下を走らない』と書かれたポスターが貼られていたが、そんな注意文はお構いなくに、生徒達は廊下を地響きを立てながら走っていく。
生徒達が向かう場所、目的地は決まっていた。
一目散へと、中校舎の1階にある『購買店』へと向かっていたのである。
購買店へと向かう生徒の群れの数は、数人から十数人、そして数十人と着々と増えていった。
そんな生徒の集団の塊から、ポニーテールをなびかせた1人の少女が、スルスルと前へ躍り出る。
少女は、スラっと細い足首ながらも男子にも負けない脚力で、徐々に差を付けていた。
そして、下り階段に近づくと、ポニーテールの少女は、何も迷いも無くジャンプをし、13段もある階段を飛び降りた。
余裕を持って、スカートをちゃんと手で押さえながら。
階段の中間階-踊り場-に無事着地したが、勢いを止まらず、そのまま壁に激突しようとした。
しかし!
少女は、瞬時に左足で壁を蹴りつけると、芯のある音が響く共に少女は光の反射の如く跳ね返る。壁を蹴った反動のスピードが加わり、勢いを付けて半分の下階段を飛び降り、駆け抜けて行った。
秘技『イナズマ雪崩れ下り』と、誰かに名付けられた動作で、生徒の群れから一気に5馬身差を付けていた。
ポニーテールの少女が、一番乗りで購買店に辿り着くと同時に第一声を上げた。
「おばちゃーん!
ビッグフランクパン(ホットドッドみたいなパン)とハムハムサンド。
それと、天然牛乳ワンパックね!」
「あいよ。
今日もキョウコちゃんが1着だねっと」
購買のおばちゃんは、手馴れた手つきで注文された品物を袋に入れると、マジックペンを手に取り、後ろのホワイトボードの『泉 今日子』と書かれた横に『五』の4本目の線を記入した。
その後、生徒達が続々と到着した途端に、声を出してうな垂れた。
「あーまたかよ!」
「くっ!」
「女子の癖に、はえーよ!」
「ああ…オレのお昼が…」
購買のおばちゃんにキョウコと呼ばれた少女は、周りの嘆き声に、気にする素振りも無く袋を受け取り、代金を支払ずに、その場を去った。
集まってきた生徒達はガックリと肩を落とすも、すぐさま購買周りは戦場と化し、新たな戦いが繰り広げられた。
なだれ込む生徒の群れから抜け出すと、細目の女の子がポニーテールの少女の元に駆け寄ってきた。
「キョーンちゃん。今日も1着でしたか?」
「もち!」
えっへんと自慢げに、戦勝品を見せびらかす。
「さっすがですね!」
この学校では、毎月変わったイベント催しされる。
今月のイベントは、お昼の休み時間の時、購買に一番速く着いた生徒は、購買で売られている品々が500円分無料になるという学生に取っては、とてもとてもありがたいイベントである。
生徒達は、たかが500円、されど500円の為に、全身全霊、命を賭けて、購買部に向かうのであった。
ちなみに、このイベントは新入生だけの4月の1ヶ月間限定イベント。
ポニーテールの少女-泉 今日子-は、現在4日連続で1着なのである。
「いやーマジで、この学校に入って良かったわ。
このまま、1ヶ月連続1着を達成してやるわ!」
「だけど、あれですね。
そこまで本気になるのも…。たかが500円のために…」
「何言っているのよ。これだから、良い所のお嬢さんは。
500円の重みを知らないで。
良いんじゃない。お昼がタダになるんだから、こういったイベントは大歓迎よ!
それで、今日は何処で食べようか?」
「そうですね。中庭の1本杉の下で如何でしょうか?」
「オッケーイ!」
今日子達は、意気揚々と中庭へと向かっていく途中、ある男子生徒とすれ違うと、細目の少女は足を止めて振り返った。
「どうしたの、イツキ?」
イツキと呼ばれた少女は、今日子の方を振り返らず語る。
「ええ…さっきの男子さん。 男の方なのにヘアバンドをしていましたので」
「ヘアバンド? 男の癖に、変なの」
「だからこうして、足を止めて振り返ったのですよ」
「そんなことより、中庭に早く行こう。お腹空いちゃった」
「ええ…。あっ、待ってくださいよ」
今日子達とすれ違ったヘアバンドをしている男子は、購買の前に立ち、隣にいた知り合いに購買の後ろのホワイトボード…今月のイベントに付いて、話しを聞いていた。
「でっ、あの『泉 今日子』ってヤツが、4回も昼飯がタダになっている訳か……オモシレェ。
明日からは、オレ様が一番になってやんよ!」
ヘアバンドをした男子生徒は、ニヤッと不敵に笑った。
続く……?
最初のコメントを投稿しよう!