三十年来の息子

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はぁ。と返事をしかけて、え、と顔をあげる。私と目が合った老女が、「あらやだ」といたずらっぽく目尻を下げる。「私ったら、つい」 「どうしてですか」思わず食らいついてしまう。 「詐欺だと分かっていらっしゃるのに、どうしてです」 老女は照れたような笑みを浮かべながら口をもごもごさせる。 「どうして……あいしているから、かしらねぇ」 まあまあ落ち着いて、というような仕草をされ、腰が浮きかけていたことに気付く。脱力するように椅子に腰をおろすと、老女はふんわりとやわらかく笑った。 「だって、私の息子だというお方が、わざわざ会いに来てくださるんですってよ?息子はもういないと思っていたのに」 そうしたら、ねぇ。 あいたくなってしまうじゃない。 目尻のしわが切なくゆれる。 「喫茶店に誘ってくださったの、そこで会おうって。でかけるのなんていつぶりかしら。年甲斐にもなくワクワクしちゃうわ」 「……たぶん、来ないと思いますよ。息子さんの同僚とか、上司の方とか、そういった方がお見えになるかと」 「そうね。でも会いたいと言えば案外会わせてくれるわよ」 老女が目を細めて、しずかに微笑んだ。 「だから、百万円、お願いできるかしら」 *
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