三十年来の息子

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* 「ご協力ありがとうございました」 そう言って、やつれ顔の刑事が頭をさげた。それを見て、隣でやたら背筋をのばしている若手刑事も、機敏なうごきで礼をする。いえいえ、と首を振っている先輩がいつものように得意そうな笑みを浮かべているのを想像しながら、複雑な気持ちでその背中を眺めていた。「おかげさまで――」 老女をだましたのは、各地で被害をもたらしている有名な詐欺グループのひとつだったらしい。どうやらグループにお金が渡る直前で逮捕することができたらしいが、やはり来たのは受け子だったらしく、捜査はこれからも続くだろう、と刑事がうんざりした声色で言う。 ――これでよかったのだろうか。 彼女はさみしがっていたのだ。詐欺だとわかっていながら、人と話がしたくて、外に出たくてお金を渡そうとしたのだ。それほどまでに孤独だったというのに? 彼女に常識をあてはめてよかったのだろうか? 「……では、」 ひととおり挨拶をし終わったふたりの刑事が、重いものをひきずるように帰っていく。すれ違いざま、若手刑事がため息まじりに呟くのが聞こえた。 「にしてもあの人、命拾いしましたね。もう少し遅かったら――」 「え」 目が合う。 やつれ顔の刑事が眉間に深いしわを刻む。 若手刑事が申し訳なさそうに、口のなかで謝罪の言葉を呟く。 やつれ顔の刑事は言葉を探すようにしばらく口をもごもごと動かしていたが、やがてあきらめたようにくちびるを舐めた。
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