10 彼女の名は未来

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10 彼女の名は未来

作戦の概要は紀野朱里救出作戦と似通っている。対象が紀野から日比野に変わったくらいだ。問題は、紀野朱里救出作戦では分かっていた紀野の居場所だが、この作戦では、自力で日比野を見つける必要があるという所だ。 「先輩、大丈夫ですか?」 紀野の目は憂いを帯びていて、躊躇いがちに話しかけてくる。 「大丈夫……とは言えないけれど、絶対に見つけるよ」 「……でも、やっぱり無茶が過ぎます。本当に日比野さんは見つかりますか?」 日比野を見つけること。僕はこれを決して無理難題とは思っていない。少し心配もあるけど、好意を自覚した僕ならきっと出来る。勇気が満ち溢れて来る気がした。 「僕を信じなさい。それに、紀野は早く病院に帰らないと。作戦の決行日はまた伝えるよ。」 「……分かりました。でも無茶はしないようにして下さい」 紀野が病院に戻って、僕は思考を巡らせる。明日からの春休み、そして残された3日で日比野を探し出さなければならない。 「絶対出来る!」 根拠の無い自信ほど心強いものは無い。桜吹雪くその場所で僕はそう言いきった。 そして、 「何処にいるんだー!!」 3日前に誓った場所で、僕は無様に喚いている。これには多くの理由があるけど、全ては僕の考え無しのせいでもある。 まず最初に日比野の家に行った。当然居るはずも無いと思っていた。確かに日比野は居なかったが、それ以上に驚いたのは、いつの間にかその土地は売り払われていた事だ。昨日にはなかった看板を見て、空いた口が塞がらなかった。初めからそうであると決められていたかのように、外の花壇や木々たちは除去されていた。手際が、あまりにも良すぎた。 次に、日比野と通った思い出の場所を回った。ゲームセンターに公園。ショッピングモールや病院にも当然行ったし、ついでに遊園地にも行った。だが日比野の姿どころか、その残滓すらそこには無かった。日比野は、何処にもその存在を確認できなかったのだ。 見通しが甘かった。そもそもそんな人目に着くところには出歩かないだろうし、もしかしたら冷凍保存される場所はあの病院じゃ無かったのかもしれない。今更そう考えてももう遅い。 時刻は昼の3時を回っていて、太陽の陽気さが目に刺さる。電話?使っても繋がらない。 もう1回見回る?そんな時間もない。 八方塞がりで、どうしようもなかった。 「何処に居るんだよ、日比野……!」 苛立ちが募っていくが、それを押し留める。タイムリミットまでまだ時間はある。 僕が凡人であろうと何の才能が無くても、やりたいと思った事を諦める訳にはいかない。 そうして思考を巡らせていると、携帯電話が鳴った。相手は、 『辞書』 運命は、僕たちを見捨てなかった。 「よく来たね、旅人くん。」 「……どうして僕を呼んだんだ?」 呼ばれた場所はショッピングモールのフードコートだった。日比野の前には積み上げられたハンバーガーがあって見てるだけで胃もたれを起こしそうだった。 「最後の日だと思って思い切って買ったんだけど、買いすぎてしまったんだ。消費するついでに最後に君と食事でも……と思ってね」 「あの日を最後に、僕には会わないものだと思ってたんだけどな」 そう憎まれ口を叩きながらも思考は回る。本当にそれだけの目的で僕を呼んだのか。 彼女はテリヤキのハンバーガーを食べる。僕も1つのハンバーガーに手を付ける。味は濃くていかにも健康に悪いって感じだった。 「ゼリーだけだとこういう味に対する刺激が無くなるな。やはりこの固形物は美味しいよ」 美味しそうだけど、どこか寂しそうでもあった。 「旅人くん。100年後にもこの固形物は存在するかな?」 「……そんなの知らないし、考える必要もないよ」 一呼吸置いて、僕の目的を伝える。 「君を、未来には連れてかないよ」 日比野からの反応は無く、無心にハンバーガーを食べる振りをしていた。 「私を助ける、ねえ」 侮蔑的にそう零すと、不愉快と言わんばかりに口を曲げた。 「私は自分の意思で未来へと旅するんだ。それに私の存在で沢山の命が救われる。それは今の君たちの街もそうだし、未来に住む人達もだ」 ハンバーガーを呑み込んで、続ける。 「つまり君は、現在と未来に住む人達の命を奪おうと言っているんだよ。そんな権利、君にあるのかい」 「……未来とかの話はしてない。君自身が納得しているかの話だ」 そう言葉を濁すが、効果は薄い。日比野は徹底的に僕を追い詰めるだろう。昔から疑問に思ったことは我慢出来ない質であることを僕はよく知っていた。 「先に言っておくが、私は助けられたいと思っていない。むしろ100年後の未来を体感できるとワクワクしているよ。全く、祖父には感謝しないといけないな」 早口にまくし立ててくるが、僕はそれを信じてはやれない。だって、だって日比野の手は微かに震えていたから。日比野は嘘なんてつけないのだから。 「本当か?」 「本当だよ」 でもそれを無理に暴けば彼女の心は閉じてしまうだろう。街に被害を与えたくない彼女の優しさが、日比野の心を締め付けて離さない。それは、一種の呪いだった。 「日比野」 敢えて本名で語りかける。心に届かせようと言葉を選んできたけど、考えてきた言葉じゃ、日比野の心は救えない。だから僕はありのままの本心を伝える。 「……僕を、助けてくれないか」 「……は?」 日比野は当惑した様子で僕の目を見る。その目は少しの怯えと悲しみに満ちていた。 「日比野が居ないと、僕は辛いんだ。生きて行けないんだよ。」 「……嘘を付くな、私が、君に何をもたらした?何を与えた?耳触りのいい言葉で、私を惑わせようとしても無駄だ!」 日比野の怒りが僕を突き刺すが、僕は負けない。君に伝わるまで、何度でも言葉を交わそう。 「何度でも言うよ。君に生きていて欲しいんだ。君を救いたいんじゃない。君が居ないことに、僕は耐えられないんだよ」 日比野の目が潤み出す。世界で1番の情けない懇願だ。君がいないと生きていけないと日比野を脅す。なんとまあ、情けないことだろう。でもこれが僕の偽りざる本心だ。 「……君は友達も沢山いるし、何でも出来るはずだろう。私の、力なんて」 か細く聞こえたそれは彼女の本心のように聞こえた。 逃がさない。 「君の事が、好きなんだ。」 ハンバーガーはとっくに冷めている。僕の顔は紅潮して見てもられない。周りの喧騒も料理の音も消えて、日比野の顔しか映らない。 彼女の返答は、 「嘘を、つけ」 信じようとしない、というより有り得ないといった感じだった。 「君は、嘘が上手いな」 「……嘘に見えるのか?」 尋ねるが、返答はない。少しの沈黙の後に、質問が交わされた。 「私を助けてくれるのか?価値のないガラクタでも、たとえこの才能が失われても、私を助けようと思うのか?」 「……助け合いは人の大事なツールなんだろ。当たり前だ。」 彼女を未来へと行かせないために必死に言葉を紡ぐ。手を掴んで叫んだ。 「こっちに来い!未来!」 この意地の張り合いの対話の行方は、 「……私は君を信じない。でも、私は未来になんて行きたくない。だから私は君を、私の為に利用することにするよ」 そんな憎まれ口で終結することになった。 「未来に行きたいんじゃ無かったのか?」 「嘘だよ嘘!馬鹿!」 ようやくいつものやかましい日比野が戻ってきた。 「だけど私を助けると一口に言っても、方法はあるのか。それも街に被害が及ばない方法を」 「ああ、あるよ」 そして日比野の耳元で囁く。 「まずは辞書さんに人質になってもらうよ」
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