4 遊園地

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4 遊園地

「先輩、こっちです。」 顔の固まったアンドロイドーー改め紀野朱里からの連絡は、バレンタインの日から2週間経ってから来た。正直彼女とは関わりたくなかった。でも日比野について何か情報を持っているかもしれない。 「先輩?大丈夫ですか?」 「ああ…ごめん。少し考え事してた。」 彼女の容姿は端麗で、トレードマークの眼鏡をかけていた。服も青春の装いで、僕のあまり信用出来ない審美眼でも十分美しいと思えた。 「用事って言ってたけど、何をするんだ?」 「そう身構えないで下さい。少し調査をするだけです。」 そう言って着いた目的地はーーー 「……遊園地?」 「はい、遊園地です。」 意味不明だ。遊園地と日比野未来に何の繋がりがある?目的は?意義は?何も分からない。 「そう焦らないでください。これは調査です。決して私情で来た訳では無いので、ご安心を。」 「……信用していいのか?」 「信用出来ないなら帰ってもらって結構です。」 一瞬帰ろうかと考えたが、折角の休日を返上してここに来たのだ。それに彼女が何の理由もなしにここに来るはずはない。そこまで彼女のことは知らないが、そう思えるくらいには、彼女の機械っぷりを信頼していた。 「分かった、行くよ。」 「そうですか。」 そうして2人で門をくぐった。中に入ると、休日ということもあり、人でごった返していた。この遊園地は全国的に有名で、噂に違わぬ大型アトラクションが沢山あった。 「はぐれないで下さい。ここで分断されると後々迷惑なので。」 「分かってるよ。はあ……」 人混みで気が滅入る。昔修学旅行に行った時にこんな感じの遊園地に寄ったことを思い出していた。1つのアトラクションのために何時間も待ち、ポップコーンに数千円取られ、とても驚いた記憶がある。田舎で過ごしていたこともあって、この感覚に慣れなかった。本当に無益な時間だったと今でも思う。 「まずはここです。」 紀野朱里が最初に調査の対象にしたのはコーヒーカップだった。どうやらこれに乗れと言われているらしい。 「これに乗って調査になるのか?」 「質問は受け付けません。」 彼女は意気揚々とコーヒーカップに座った。コーヒーカップは2人用だったので、僕も隣に座った。中はひんやりとしていて鉄製の椅子が冬の存在を意識づけていた。 「それでは良い旅を〜!」 係員さんの掛け声でコーヒーカップが回り出した。 「うっ……酔いそう。」 「吐かないでくださいね。汚いので。」 スピードはどんどん上がり自分を軸に世界も回り出した。くるくるとコマのように回り、酔いを強制的に享受させられた。 「お疲れ様でした〜!」 「これは拷問器具か……?!」 「いえ、遊具です。」 彼女は全く酔っていなかった。僕は世界で1番気持ち悪かった。三半規管の作りが違う。 将来酒を飲んでも酔わないだろう。 「先輩、かっこ悪いですね。」 「調査のためなら仕方ないよ、後輩くん。うっ……」 これで調査になったのだろうか。日比野の時はただ遊んでいただけで進捗がなかった。180年の真相に今日こそは近づきたかった。 それくらい、本気だ。 「次に行きます。着いてきて下さい。」 「了解!」 遊園地内をゆっくりと回る。アトラクションに行かずに園内を回るのはもしかしたら彼女なりの配慮かも知れない。 「先輩、質問です。どうして180年の話をすぐに信じたんですか?」 「どうして、って?」 「普通、信じないはずです。人間の最長寿命を大幅に超えています。先輩が夢見がちな馬鹿でなければ、少しは疑うはずです。」 「僕も疑ってたさ。でも証拠があるし……彼女の涙を見てたら、茶化することじゃないんだなって思ったんだ。」 「先輩が泣いた……?」 紀野朱里は、激しく困惑していた。今まで感情を見せなかった彼女の、初めての感情の発露だった。 「そんなにおかしいことか?」 「……普通、喜びませんか?長生きできるって。それか検査結果を怪しむはずです。彼女程の天才なら、そんな当たり前の事に気づかないはずは無いはずです。それなのに泣いた。まるで検査結果が真実だと、信じて疑ってない。」 言われれば当たり前のことだった。何故彼女はすぐにその情報を信じたのか。仮に本当だとしてもなぜ泣くのか。謎が僕の頭を駆け巡る。 「いづれにしろ先輩に聞かないと分からないでしょう。今度探りを入れておいて下さい。」 「分かったよ。」 少しは真実に近づけただろうか。彼女に感謝しないといけない。この謎を絶対に暴く。 それがどんなに残酷な真実であろうとも。 「先輩、へばりましたか?」 「全然、そんなこと、うっ……」 僕の回復を察したのか、彼女は急ピッチでアトラクションを回って行った。急斜面すぎるジェットコースターに人をショック死させる気満々のお化け屋敷など心臓に悪いスポットばかり巡った。 「ふむ。楽しかったです。」 「どうしてそんなに強いんだ……?」 彼女の体のどこにそんな力があるのだろうか。人体は神秘だらけだと日比野が言ってた事を思い出す。人は見かけによらないものだ。 「あの、最後にあれに乗りませんか?」 「んん?」 彼女が指さしたのは、少し寂れた観覧車だった。今までの華やかなアトラクションと比べると見た目やら派手さで少々見劣りしていた。 「なんなら酔わないアトラクションならどこでもいいよ。」 「先輩って遊園地に向かない体質ですよね……同情します。」 そう言ってほんの少し微笑んだ、ように見えた。 「……思ってたより高いな。」 「そうですか?」 観覧車はゆっくりと回る。僕はその高さに震えた。 「高所恐怖症に酔いがちな体質。」 「僕も初めて知ったよ。こんな弱点があるって、高っ!」 観覧車の床はガラス張りになっていて、下の遊園地がよく分かった。 「先輩、質問です。」 「なんだね、後輩くん。」 「もし」 一言。息を吸って吐いた。その文字の羅列に頭が混乱した。 「私の寿命がそんなに無いと知ったらどう思いますか?」 「は…?」 頭が痺れた。言葉の理解を理解できない。ジュミョウガソンナニナイ?何を言ってるのか。 「私、死ぬんですよ。そろそろ。」 声に抑揚がない。顔に生気がない。それは死人のそれだった。 「おい、冗談きついぞ。検査は来年だろ。君は高校1年生なんだから。」 検査は高校2年生に一斉に行われる。でもこの反論は反論になっていない。検査は個別に受けることも可能だからだ。これは反論じゃなくて懇願だった。嘘であると認めて欲しかった。一言茶化した言葉でこの話が終わることを願ってしまった。 「検査は個別に受けました。検査の記録も持ってますが、見せましょうか?」 僕の当たって欲しくない予想は見事的中した。 「いいよ、十分だ。なあ、どうして僕にそれを教えてくれたんだ?僕たち出会ってそんなに経ってないのに……」 「質問は受け付けません。」 いつもの決まり文句だ。 「私、本当は日比野さんのこと憎んでました。どうして180年の寿命を抱えているんだ。羨ましいって。私、先輩を利用して日比野さんの事を知ろうとしたんです。どこか憎む要因をくれって。でも先輩の口から聞くのはいいことばかりで。私、醜いですね。」 早口で罪を独白する。学校での質問はつまりそういうことだったのだ。僕はまんまと使われた。でも僕の口から出るのは、怒りなんかじゃなくて。 「どれだけ辛かったんだ……君は」 「……辛くないですよ。親友も家族もいません。いつか学校の生徒にも忘れ去られるでしょう。あなたも私の事を忘れてください。それと、日比野さんに謝罪の言葉を伝えておいてください。」 早口で話す。苦しそうに。 観覧車の終わりが来る。この観覧車を出れば彼女のは終わる。 「寿命を信じすぎるなって言ったのは君だろ!諦めるな。きっと何か……」 「本当に励ますのが下手ですね。それは希望ですよ。私にそれは残酷すぎます。」 「じゃあどうして」 「どうして僕を」 「……質問は受け付けません。」 観覧車が止まる。彼女は走って消えてしまった。きっともう会えない。何故だかそんな予感がした。彼女とはそんなに深い関係じゃない。なのに、どうしてこんな気持ちになるんだろうか。その答えはとっくに出ていた。僕は彼女の事を仲間だと、友達だと思っていたんだ。彼女はそんな事思ってなくても、勝手に思っていた。 雨が降り出した。外は夜でとても寒かった。 遊園地は閉園時間になって、僕は1人で家への帰路に着いた。そして家に辿り着く直前に、出会ってしまった。 「……大丈夫かい?旅人くん。」 「……大丈夫に見えるか?」 帰り道に、パジャマ姿の辞書に出会ってしまった。手にはレジ袋が握られていて、コンビニ帰りなのが一目で分かった。 「傘もささずに。このままでは風邪をひいてしまうよ。さあ傘に入って。」 「いいよ。今は濡れたい気分なんだ。」 「……本当に何があったんだ?」 彼女の心配に取り合ってられない。こんな情けない姿を見られたくなかった。 「なあ、日比野。どうして人は死ぬと思う?」 彼女なら、『辞書』なら何か分かるかもしれない。紀野の事を解決できるかもしれない。だって彼女は、なのだから。そう思わないと、耐えられない。 「それが運命……なのが君の答えだった。私は君の答えが正しいと思っているよ。」 「そうか……ならいい。」 僕の意見ごときをどうして尊重する。辞書ならもっとマシな答えが見つけられるのに。僕の言葉に逃げるな。怒りがふつふつと湧いてくる。 「旅人くん。何があったか話してくれ。」 「心配は無用だ。大丈夫だよ。」 笑顔を見せる。彼女に心配なんてかけたくない。顔が強ばる。それを貫く。 「心配無用?嘘つき。」 「嘘じゃない。何を言ってるんだ。」 「君は嘘をつくのが下手なのは知ってるけど、ここまでとはね。」 「何が言いたいんだ!さっきから!」 思わず語気が荒くなってしまう。 「だって君、泣きそうな顔してる。」 「……これは雨に濡れてるからだ。」 「何があったんだ。話さないと分からないんだ。私たちはテレパシーや、目を見るだけで会話出来ないんだ。声に出さないと伝わらないんだよ。」 彼女は正しい。 「お前に関係ない。」 僕の声は子供の駄々をこねるようなものだ。 「お前には分からないよ。どうせ。」 これ以上言えば、優しい彼女でも怒るだろう。むしろ嫌われたかった。家が近くになければ、元々仲良くなんてならなかったのだ。正常な状態に戻すだけだ。 「お前には寿命が沢山あるんだから。」 「その感じから見るに、寿命関連の話だな。」 冷静に問い詰める。その観察眼に怖気が走る。 「話してくれ。頼むよ。旅人くんが苦しんでいる時に、助けが欲しい時に、私を頼って欲しいんだ。」 「助けて、くれるのか?」 「……ああ、だから駄々をこねないでくれ。私の心が傷つくよ。」 子供の駄々は収まるのが世の常だ。僕はまた彼女に甘えてしまった。 僕は今までにあったことを全て話した。 「ふむ……」 彼女の家でお風呂を借りた。親に連絡を入れて、今日は彼女の家に泊まることにした。お隣さんという理由で今までも泊まったことはある。説得は容易だった。 「つまり、紀野朱里がもうすぐ寿命で死ぬと?」 「ああ、そうだ。どうすればいいか分からないんだ。」 事実この状況は詰んでいる。解決策なんてないに等しかった。検査の結果に反して生き残る可能性はない。自殺によって寿命より早くに死ぬことはあっても、その逆は起こりえないのだ。 「寿命を伸ばす方法が必要か……」 彼女も相当に悩んでいた。寿命を伸ばす方法を頭のアーカイブから手繰り寄せる。そんな都合のいいものなんてあるのだろうか。 「1つだけ手はある。」 「本当か!?どんな方法なんだ!?」 驚きに息が詰まる。 「それは、かなり危険だ。」 そしてその方法を伝えた。 「それ、本当か?」 「かなりリスキーだが成功すれば、運命は変わる。ただし条件がいる。死ぬ瞬間の詳細な情報と、死因だ。」 「……病院で聞くしかないな。」 「そうだな。私は祖父の方からこの件の情報を聞いてみるよ。」 「……ありがとな。辞書さんがいなかったら、こんなこと思いつかなかった。」 「助け合いは人の大事なツールだ。可能性は薄いが、これしか賭けるものがないだけさ。」 彼女の言葉に勇気を貰う。いつかこの恩を返さなければならない。 「彼女には私の寿命を他言しなかった恩がある。必ず助けるぞ。」 そうして『紀野朱里救出作戦』が始まろうとしていた。
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