5 楽しかったですよ

1/1
前へ
/12ページ
次へ

5 楽しかったですよ

「なんですか、話って。」 翌日に彼女の家に辿り着いた。家の場所は家の頼れる辞書に聞いて突き止めた。彼女がいなければ、多分出会えなかった邂逅に、感謝する。 「……どうして学校に来なかったんだ?」 「……私が行きたくなかっただけです。理由は、分かってるでしょう?」 紀野朱里は学校に来なかった。それだけならただ休んだだけだと誰もが解釈するが、事は緊急を要する。学校が終わった後の全力疾走は今思うと滑稽なものだった。 「大事な要件だ。でも、お手間は取らせないよ。」 かつての言葉をなぞるように語りかける。 「……何の用ですか。」 話を聞く姿勢のようだ。 「単刀直入に聞く。君の寿命はあと、何日だ?」 切れ味抜群の質問を投げかける。 「その質問は受け付けません。私の事を憐れむ気ならやめてください。私はこの人生に満足しています。これを馬鹿にする気なら、許しません。」 彼女は感情が振れると、早口になる。それはきっと焦りなのだろう。何も成し遂げられていない怒りと後悔、かも知れない。彼女の心の内は彼女が話さない限り分かりはしないのだ。 「馬鹿になんてしてないよ。」 「じゃあ何故その質問をするんです。その意味を教えてください。」 ここで真実を話すべきか、一瞬迷った。彼女の助かる道を共有すべきなのか。 「……君が助かる可能性があるからだ。」 「……え?」 迷う必要は無い。愚問だ。本当を隠していい事などない。僕はそれをとっくの昔に経験していた。 「僕とじ……日比野とで君を助け出す方法を考案している。計画は概ね順調だから、あとは君の寿命を知れば、助かるかもしれないんだ。」 実際は考案したのは日比野1人なのだが、それは置いておく。考案した日比野には彼女の死因と詳細な情報を依頼している。 「……そうですか。」 彼女は冷静を装って、でも隠しきれない動揺を隠そうとしていた。隠そうとしても、顔の随所にその痕跡が見られた。 「分かりました。なら、尚更話す気はありません。」 「は?」 「話は以上ですか。すみませんがお引き取り下さい。」 「待てよ!どうして……」 「さよなら。」 無情な声と一緒に、玄関の扉は閉められた。 それきり彼女に会うことは出来なかった。 「そうしておめおめと帰ってきたと。」 「……絶賛傷付き中だ。」 憎まれ口を言われてしょんぼりする。何故断られたのか。どうしてあんな悲しそうな目をしてたのか。どうしてーーー 「……旅人くんは悪くないよ。私たちはどうやら、彼女の琴線に触れてしまったようだ。」 日比野が宥めてくる。こんな風に気遣われた事がない僕は、戸惑ってしまった。 「……どうするんだよ。彼女の寿命が分からないと、この作戦は……」 「それについては私が聞きに行くとするよ。君が行っても事態が悪化するだけだ。」 「……分かった。任せるよ。僕は何をすればいい?」 「とりあえず、ホワイトデーのプレゼントでも考えておいてくれ。結構楽しみにしてるからね。」 そうしてこの日の作戦会議は終了した。 日比野はその後、彼女の寿命を突き止めた。あと1ヶ月くらいらしい。どうして分かったのかと尋ねると、「権力。」と一言返した。 「条件は揃ったね。」 「……ああ。」 来る3月15日。正確には紀野朱里の亡くなる日だ。 「本当に助かるのか?」 「こればっかりは運の要素もある。神に祈るしかないね。」 神という存在がいるのなら、そいつに魂でも売ってやる。そんな気持ちで、彼女がこの道を通るのを待つ。彼女の死亡時刻は5時2分、スーパーに買い物を行った時にそれは起こる。ここまで細かく運命は存在するのだなと、皮肉に感じた。 「今更なんだけど、本当にこの道を通るのか?」 「彼女は自身の寿命を知っていても、自身の死因は分からないのさ。それに、寿命は年単位で伝えられるから、本当のところ、いつ来るかを限定はできないよ。」 「なるほど。」 彼女は本人ですら知らない情報を、どうやって知ったのか。病院に聞くだけでそんな情報が手に入るとは、思えなかった。 「来たよ。準備できてるかい?」 「大丈夫だ。」 そして彼女は曲がり角から現れた。顔は死人の顔で、真っ青だった。死というプレッシャーが彼女の肩にのしかかっているように感じられた。 「後輩くん。こんにちは。」 「お、おい!」 彼女は唐突に声をかける。紀野朱里は驚いた表情を見せたが、いつものアンドロイド顔に戻った。 「何の用ですか?」 「これからの話だよ。君を助けるんだ。」 「十分です。嘘は間に合っていますので。それでは。」 そう言って、さっさと去ろうとする。 「どうして、助かりたくないんだい?」 核心を抉る質問を投げる。 「死にたいからです。」 彼女は言葉のキャッチボールを叩き切った。 「希望がないんですよ。生きていても。今死んでもおかしくないのに、助かるなんて詐欺じみた言葉にはうんざりです。」 無表情の中に、微かな綻びが見えたように感じた。 「それでは。私は忙しいので。……最後に、一言だけ言っておきます。」 僕の方を見る。彼女は笑っていた。 「先輩と調査に行った時は、悪くなかったですよ。」 そうして彼女は唐突に倒れた。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

21人が本棚に入れています
本棚に追加