9 共同戦線

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9 共同戦線

「……探しましたよ。」 息も絶え絶えの様子で紀野朱里が話しかけてくる。 「入院生活は終わったのか?」 「現在進行中です。勝手に抜け出して来たんです」 悪びれる様子もなく彼女は告げる。見れば服装はあの時見た服と同じだった。 「ここでは何ですから、そこの公園にでも行きましょう。先輩の知りたいことを、私は知っています。」 夕日が、傾きかけていた。 「まず、日比野さんの祖父の院長さんについて話します。」 淡々とした口調の中には焦りが見えていて、病院を抜け出して追っ手が来るまでの時間が無いことを知らせていた。 「日比野さんの祖父は、有り得ないほどの権力者です」 「……というと?」 「確認しますが、私の死因をどうやって知りましたか?」 「それは、日比野が確認したんだ。私の祖父に掛け合ってみるって……」 「……やはり。それ、本来はできないんですよ」 どういう事だろうか。病院の院長ともなれば、検査した人の運命など知っていそうなものだが。 「検査した血は、正確には病院では判定しません。政府に回収されて重要機密として扱われます。病院側には寿命の年数だけ知らされるんです。これがどういうことか分かりますか?」 「つまり、本来知りえない運命の詳細な情報を政府に尋ねたって事か?」 「そういうことです」 重要機密を知り得る人物。余程政府に重用されて無ければ決して出来ることではない。 「それにしても、よくそんな事知ってるな」 「……これは日比野さんが渡してくれたメモに書いてありました。ラブレターを見せつけられてるようで癪でしたが」 「メモなら僕は破いたけど、そんな事書いてなかったぞ」 紀野朱里にだけ教えた大事な情報と言う事だろうか? 「なら信頼の差ですね。」 「は?」 「冗談ですよ」 そう言って少し微笑んだ。観覧車で見せたものとは随分と印象が違った。 「……お前は、これからどうしたい?」 「……私の目的は決めています。日比野さんを助けて1発ぶん殴ることです。それもキツめのを」 「ぶん殴るって、お前……」 「どうして私を助けたんだって日比野さんの口からちゃんと聞くまで、許してあげません」 彼女らしくない物騒な物言いだ。手には握りこぶしが握られていて、復讐心が滾っているように感じれられた。 「逆に、先輩はどうして日比野さんを助けようと思うんですか。日比野さんの才能に嫉妬していたんじゃないんですか?」 痛い所を突かれた。実際、日比野を助けようと躍起になる理由が分からない。昔の自分なら、こんな事に意味は無いと諦観の境地に入っていたのに、どうしてだろうか。 「……もしかしたら日比野を助けることで、人類のテクノロジーは退化するかもしれない」 彼女は僕の言葉に真摯に耳を傾けてくれる。最後まで聞く姿勢らしい。 「でも、それが日比野を縛る理由になっていいはずがないんだ。才能があるとか権力があるとかそんな事はどうでもいい。僕はただ……」 ずっと前から気づいていた本当の気持ち。フードコートで思った事。バレンタインのチョコを貰って思った事。雨に打たれていた僕に傘を差し出してくれた事。日比野との生活でずっと思っていた事。それを口に出す。 「ただ、好きな人に笑顔で隣にいて欲しい。それだけなんだ」 「……日比野さんが先輩の事を嫌いでも?」 「僕の事が嫌いでも関係ない。絶対に捕まえてやる」 「自己中心的ですね……」 「僕は自己中さ。知らなかったかい、後輩くん?」 これが僕の気持ちだ。この気持ちを僕の心の芯に叩きつける。何があってもこの気持ちを忘れないように。 「先輩の気持ちは分かりました。」 「ああ、話を進めよう。」 そうして作戦会議は続けられた。僕たちの想いは共通で疑いようがなかった。ちょっと歪な共同戦線だ。 「話が変わりますが、運命を変える条件は分かりますか?」 「日比野からは、死因がいるとか何とかは聞いたけど……」 「簡単に言うと、本人の運命を知って、その行動を変えればいいんです。例えば車に轢かれて死ぬ未来なら、その現場に行かなければいいんです。それで運命が変わります」 「……それだけって、やけに簡単すぎないか?」 当然の疑問だ。こんなに簡単に運命が変えられるなら、事故死なんて絶対に起こらないはずだ。 「さっき言いましたよね。情報は政府が管理しているって。1人の運命を変えてしまうと、それに付随して他の人の運命にも干渉してしまうんです。本来存在しない人が、存在しない場所にいることになりますから」 「それで、政府は情報を隠してるって事か?」 個人的に疑問だった、運命の詳細を教えてくれない疑問が解けた。仮に全員が運命の詳細を知ってしまえば、大混乱が起こることは想像に難くない。 「って事は、日比野の未来も変わってるんじゃないか?君が生きているんだから、影響が多少なりともあるはずだ」 「私もそう思いましたが……日比野さんの祖父は運命の詳細を知っています。運命が変わらないように調整をしてくるでしょう」 権力者で思慮深い、厄介な相手だと思う。しかし問題はこの後だ。どうやって日比野の祖父を倒すのか。 「ハッキングするのはどうだ。人の運命を勝手に知ったとなれば……」 「ハッキングなんて高等な事出来る人は限られてますし、出来たとしても政府はその情報を嘘として断罪するでしょう。少しは頭を働かせてください」 ものすごく馬鹿にされた気がするが、今はいい。今はとにかく意見を出すのが先だ。 「私に1つ妙案があります。」 「なんだ」 「病院を爆破します」 「却下だ」 病院爆破は普通に犯罪だし、危険がすぎる。しょんぼりした顔でこっちを見つめてくるアンドロイドには取り合わず、頭を働かせる。 今までに起こった事。ヒントを頭から思い浮かばせる。何か、いい案がーーーー 『有名な人物が一言それらしいことを言えば、大衆はそれに従う。』 「ん……?」 運命の検査が広がるようになったきっかけ。それは、インフルエンサーの一言だ。広める。繋げる。そして神の一手とも言える妙案が思い浮かぶ。 「……紀野、妙案が浮かんだぞ」 それを一気に伝える。端的に伝えたつもりが長くなってしまった。そして彼女の顔は、 「先輩」 「なんだ……」 「それで行きましょう」 早すぎる決断に驚く。 「本当にいいのか!?こんなパッとしない作戦で……」 「これしかないです。それに上手く行けば、全てがひっくり返ります。これに賭ける価値は十分あります。」 そうして話はまとまった。詳細な詰めは彼女に任せて、僕は自分の出来ることをする。この作戦名は、 「先輩は日比野さんへのコンタクトを。私は先輩の言う協力者に掛け合ってみます。」 作戦名は、『トラゴイディアじゃない』 この想いは悲劇なんかじゃ無いと、日比野に伝えるための作戦だ。
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