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ハムヲ
目が覚めて、はじめに目に入ってきたのは、巨大なオレの顔。
ヒッ
「あっ、やっと起きた。もう、失敗したかと思ったじゃないですか」
オレが話している。
オレの声だがオレの口調ではない。
デカい目の中に、オレが映っている……ようだ………………へっ
「キュキュッ」
キュキュッ?
オレから発せられた音。
んっ
両手を見る。
んんっ
下を向いて、体を左右に捩る。
………………………………
……………………なんじゃこりゃ――――っ
「ブ、ブブッ」
「ぼくって本当に可愛いなぁ、こうへいもそう思って飼ってくれてるんですか?」
オレのペットは飼い主を呼び捨てにしていた。
オレ、ハムヲになってる!!!
2回目のデートでホームセンターに行った。
ホームセンターデートは2回目では珍しいのかもしれないが、彼女の希望だった。「大きめの家具とか見たい」と言うので、オレが車を出した。重たい荷物なら彼女の一人暮らしの部屋まで運んで……ムフフっ、ちょっとは考えてもいいだろう。
だが、彼女が欲しがったのは大きめの家具ではなく、極小のネズミ。併設されていたペットショップに売られていた、灰色のジャンガリアンハムスターで、彼女の家はペットが飼えない。潤んだ熱い眼差しで訴えかけられれば、「僕が飼うから、遊びに来なよ」と下心MAXで言うじゃない。そしたら彼女も「次のデートはおうちデートね」なんて言って、はにかんでくるし。
オレはペットショップ店員のお勧め飼育セットと、一匹のハムスターをカードで支払った。給料日前の急な出費も、彼女の笑顔の為なら、ふりかけご飯が連日続こうが、我慢できると思ったのだ。
けれども彼女は一度も来なかった。
来る前に別れを……いや、彼氏にカウントされてなかったらしい。今は、新しい彼氏が出来てラブラブなのだそうだ。聞きたくない噂ほど耳に入る。
独身の一人暮らしの男が、ハムスターを飼っているなんて、オレのキャラにも合わないから、実家に預けようとも考えた。しかし、うちには猫がいる。うちのミーコは母さん以外には凶暴だから、こいつの命の補償は無い。速攻、猫パンチでノックアウトだ。
まあ、調べると飼育はそれほど難しそうでもないし、寿命も長くて3年なら、その間に動物好きの可愛いコと出会えるかもしれない。女の子はギャップに弱いと聞いたし、新しい出会いのために、このまま世話をすることにした。
振られたのはこいつのせいじゃないしな。あっ、付き合ってないんだから、振られてもないのか……ううっ。
で、で、ででで…………
何が、どうなってるんだ。
透明なプラスチックのゲージの中から、ハムヲになったオレはオレに叫ぶ。
「キュキュッ、キュキュッキュッ」
(ハムヲ、これ、どうなってるんだ!)
「あのね、こうへいとぼくが入れ替わっているんですよ」
※以下鳴き声省略
(どうして、そうなった?)
「ぼくらの神様が希望者を募って、時々、お願いを聞いてくれるんですね。今回はぼくのお願いを聞いてくださることになりまして、こうなりました」
穏やかな口調だが、内容がまったく穏やかではない。
もしかして……ハムヲ、お前は……
(……ハムヲ……お前、人間になりたかったのか……)
「違いますよ。ぼくはこの生活に満足しています。もう少し生野菜は食べたいですけど、ワガママ言って、捨てられたくないですし」
オレの勘はあっさりハズレた。
ハムスター用ペレット、いつも顔を2倍に膨らませながら頬張ってるくせに、それを言うのか。
(はぁ、じゃあ、何だよ、これは)
「こうへい、いつも酔うと言うじゃないですか、『痩せればモテるはずだ、オレのポテンシャルを舐めるなよ』って」
器用にオレのモノマネで喋るハムヲ。
恥ずかしい……記憶にないぞ、酔っ払いのオレ。
(オレそんなこと言ってるか?)
「はい。ぼくが真似できるくらいには聞きましたよ」
なんだか得意気だ。
自分のパフォーマンスに自信があるようだ。
おいおい酔っ払いのオレ、ハムスターに向かって何言ってんだ。
体温がかーっと上がる。
深酒禁止だな。
「あとね、こうも言ってました『忙しくて、ジムにも行けない』って」
ああ、部署が移動になって、仕事内容が増えたから……でも、そもそもこれは違うだろ?
(……ハムヲ、酔っ払ってお前に迷惑かけてたなら、ごめんな。謝るから、元に戻してくれないかな?)
ハムスターの両手を合わせる。
この姿もきっと可愛いだろう。
「大丈夫なの。すぐに元に戻りますから、こうへい頑張って」
とニコッと笑う。
なんかオレの笑顔ってキモイな。
(んっ?話が見えない、頑張るって)
「5キロ痩せると、元に戻るんです」
(はっ)
「5キロ体重が減ると、このこうへいに戻ります」
と自分の胸をポンと叩く。
(はあ~……えーと、言葉通りに受け止めていいのか……じゃあ、5キロ痩せないと……このまま?)
元気よく頷いて、
「ぼくの愛車を貸してあげますから、5キロなんて直ぐですよ」
とケージの奥を見る。
愛車って……お前のは……
振り返って回し車を見上げた。
随分と大きいサイズに感じるな。
オレの手のひらサイズだったのに。
会社の歯車から、今度はハムスターの回し車――。
おっ上手く例えたぞ……そうでもないな。
(いやいや、会社はどうすんだ。まさか、ハムヲ……)
オレのノートパソコンを覗くハムヲが頭に浮かんだ。
「ぼくが働けるわけないでしょう。今日と明日はこうへいお休みですよね」
うちのペットは、週休二日制を理解していた……頭もいいのか。ただ――――
……二日で……5キロ落とせ……と。
ボクサーでもそんな減量しないと思うぞ。
鬼畜コーチ=ハムヲ。
(ハムヲさん、無理だ、それは。そもそも、お前の体で5キロ落ちるわけないんだ、お前の体重、せいぜい三十グラムなんだよ!)
「ぼくもそう質問したんだけど、問題ないって。神様が問題ないっておしゃるのだから、きっと大丈夫なの」
(………………………………)
それ盲信な、ハムヲ。
キラキラした穢れの無いオレの眼差しが、毒づく隙を与えない。
膝から崩れ落ちるように、ずるんと下に手をついた。膝ってあるのか、そもそもこれは手じゃなくて前足か。
なんでオレが回し車で走らないといけない。
回し車を仰ぎ見る。
ハムヲが夜中に爆走し、留め具が外れて騒音で起こされて、この前修理したばかり。
「こうへい、よかったね。これでモテちゃうね」
上機嫌な声が忌々しい……のだが。
……あれ、なんだろう。回し車を見ていたら、無性に乗りたくなっている。おかしい、走りたくてうずうずしている。なんだこれ、これは本能か?ハムスターの。回し車に後光が差して見えてくる。
オレは誘われるようにふらふらと歩き出した。
ヤバい。走りたい、走り回りたい……飛ぶように駆け回りたい。
オレはハムヲがいつもやるように、ちょんっと回し車に飛び乗ると、回転にまかせて、足を動かした。
「こうへい、これでモテモテだね、嬉しいですか?」
楽しそうなハムヲの声はもう聞こえなかった。
目が覚めると、オレはオレのベッドで寝ていた。だが、起きることが出来ない。
少しでも体を動かすと体中に激痛が走って、指一本動かすのも億劫だ。枕元に置きっぱなしの携帯を、なんとか手探りで見つけて、会社に休む連絡をした。
爪の中にはケージの床材のカスが挟まっている。
体が軽くなったかも、今は確認できない。
ハムヲのケージが置いてある方から、カサカサと微かに音が聞こえてきた。
「はあぁ、いててっ」
本体が筋肉痛っておかしいだろ。
ったく……。
動けるようになったら、スーパーに行こう。
好物の生野菜、聞いておけばよかったな。
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