まえがき

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まえがき

 年が明けて間もない日の朝、茶封筒が二つ、家に送られてきた。大きいものと小さいものがあった。なんとなくその小さい方を開けてみたら、これまた小さい紺色のUSBメモリと、小綺麗な椿の切手をちょこんと貼ってある葉書が入っていた。  そこには黒く大きな字で、僕の弟子の名前が書かれてあった。その文字を二度くらい捉えた時、僕の背筋に、冬の木枯らしよりももっと鋭い冷気が、一気に伝わった。体が凍てついていくのが、身に染みて分かった。僕はわなわな震え出し、蒼白い唇を手で覆い、あ、あ、と恐怖でろくな叫び声もあげれず、しまいには、言い知れぬ罪悪感が、僕の筋肉からなにからの力を奪い、僕を冷たい床へと跪かせた。くつくつと笑う彼の形相が、脳裏に勢い良くフラッシュバックし、たちまちその脳裏に真っ黒い斑点を残して、流れるように僕の目元から、楽しそうに踊り出た。僕はまたしてもわなわな震えた。  葉書の裏には、このようなことが、走り書きで、やはり乱雑に、蹴散らすように、細い字と太い字を、気色の悪いほど混ぜ合わせて、書かれてあった。 「良い小説と、悪い絵をかきました。この小説は、お年玉として、先生にあげます。あの絵は、どうもこうもしてもらっても構いません。もしそれが、鬱なものであれば、遠慮なく焼いてもらっても構いません。しかし、先にこの小説を読んでから、あの絵を見た方が、よろしいかと思います。なぜ先生に、その良い小説というものをわざわざ差し上げるのかと言いますと、今の私にはそれを発表するための充分な時間がないということと、あともうひとつは、読んでいけば、分かるでしょうが。私は意地悪な人ですらね。ですからどうぞ、先生の思うままに、変だと思われる箇所は改変し、自分名義でご自由に発表してもらっても、構いません。なにせこれは、お年玉ですからね。あ、遅れましたが、新年、あけましておめでとうございます。今年もどうぞ、よろしくお願いします。どうか体調にはお気をつけて。私はあそこで、美しいものを見ました。ですからあの絵は、手土産でもありましょう」  
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