孔雀草の女 

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ぽたぽたと、雨音が近付いてきた。夕方の雨の残りがまた降り始めたのだ。私はその音を聴くとすぐさま立ち上がり、温泉へ入ろうと荷物をまとめ始めた。私はのぼせやすい体質だから、雨に打たれながら湯船に浸ったら丁度良いのである。赤いタオルをゴミ袋に押し込んだ。私は恥ずかしいほどに赤色が好きだ。  旅館から、少し離れたところに温泉はある。私は表門まで行くと、雨が降るのも構わず温泉セットを抱えて走り出した。駐車場が目の前にあって、そこを越えると下り道である。そこはなんの光も通さないほど暗かった。夜の深淵のような感じがした。私はそこへ飛び込むように走った。ふと寂しくなって、走ったまま後ろを見上げ、その旅館の、質素で、けれども確かに美しい全貌に感心した。そしてまた、光を背にして、私は勢い良く走り出すのである。そして水たまりに転けそうになるのである。けれどもどこか楽しいことを思い出すような、やり切れない幸せを、そのまま感情に表したような、そんなものを感じるのである。大分離れたところで、寂寥の強雨が、私を打ち付けた。下り道はまだまだ続いていったし、雨もどんどん強くなっていった。背高の林がいっせいに呻き出す。私は構わず走り続けた。けれども女将さんに差し出された傘を、いやすぐそこですから大丈夫、などと強がって押し返したことを今更ながらに後悔した。私の髪は、びしゃびしゃに濡れていた。ちと一束になった前髪が、私の視界を遮った。雨粒が私の頬をつたった。前髪をかきあげ、やけにつやのある指輪をポケットに隠して、単調に弾む夜の底を、もう諦めて、歩いた。  温泉の切符売り場では、夕飯も食べ終わった頃(九時過ぎ位)だから人が多く、老若男女でごった返していた。私は暫く休んでおこうと思って、ソファに腰掛けて、スマホをいじくっていた。ふとその画面に、明らかに美しい女の人が映りこんだ。次いで、高貴な香りが鼻を狂わした。急いで振り向いて、ふとその背中を見つめてみた。顔はよく見えなかったが、胸がざわざわ揺れ始めたので、あああれは、本当の美人だ、と思った。あの華奢なようで、なるほど女らしい、そしていささかの官能をもそそるような全体像からして、本当の美人である、そう思った。しかしそのすぐ傍には、背の高い、これまた美男な青年がいた。眼鏡をかけていて、すこし髪を伸ばしている、丁度男の胸のあたりにその女の頭がくるといったほどの高身長の男であった。私は珍しく、人を羨ましいと思った。そそくさと画面の方へ目を落としても、私のその、あの女を描きたいという情熱は収まらなかった。  温泉から上がって、私は颯爽と喫煙所へ足を運んだ。私はその美男の青年が、温泉場にいるかいるかと焦燥に似た興奮を抱えて行ったのだが、どうもその二人組は、私が温泉に入る頃には帰ったようだった。しかしここには、温泉場でひとり目立っていた背中に刺青が彫り込まれた爺さんがいた。私は爺さんの隣のベンチがあいているのにも関わらず、突っ立ったまま、ポケットからメヴィウスを取り出した。深い皺を刻んでいる爺さんが、急に私の方を向いて、鵜鷹の眼で私を睨み、 「あ、落としましたよ」  と言うのだ。 「え?なにを」 「ポケットから、指輪。落ちましたよ」  と、もう一度、怖そうに言うのである。私は、ああ本当、と腰をのっそり降ろして、それをポケットの奥にねじこんだ。 「ありがとうございます」  爺さんはくっく、と笑って、 「何吸ってるんだい?」  と聞いてきた。私は照れながらその箱を見せた。爺さんは、煙を一つ、もくもくと炊いてみせて、 「最近紙巻の値段、上がってきたなあ」  爺さんは、高そうな葉巻を吸っていた。私もまた煙を押し込んで、 「そうですねえ、でもその葉巻なんか、とても高いでしょう?」  爺さんは中指と人差し指に添えられた、その太い葉巻を一瞥して、 「まあ、僕の場合はねえ。もう退職したし、あとは吸うために生きてるみたいなもんだから、ちょっとくらい高くても、家内も怒らんからねえ」  そして爺さんは思い出すように、続けて言った。 「ああ、あと、孫とか。孫の成長を見るために、生きてる、かなあ」  ちょっと照れて言うところが、可愛らしかった。 「孫、ですか」  そう私が言うと、爺さんは何故か、こんなことを私に言った。爺さんの微笑が一瞬、怖く思った。 「奥さん、大事にしなはれよ」  唾が喉で突っかかって、むせそうになった。私は、この刺青の紳士の無知さを恨んだ。あの女将にしても、そうである。皆案外、無邪気、そう思った。なに私は、けっして嫁と喧嘩したわけでもないし、わざわざ誰かと不倫する為に、ここへ来たわけでもない。傑作を、書くために来たのである。余計なお世話が実に不要、といえば最低だけれども、取り敢えず私は傑作を書くことに対しては本気なのである。しかし私は、とてもこの紳士に言い返す言葉なんぞなかったから、ふふっ、と引かれ者の鼻歌、あるいは畜生の微笑、残して立ち去った。爺さんは、悲しい目つきで私を見ていた。その視線は、振り返って見なくても分かるものであった。私の背筋は刹那、凍りついた。そしていくら練り歩いても練り歩いても消えない、この、悠久かと思えるほどの葉巻の匂いが、二日酔いに似たやり切れない嗚咽を私にもたらした。  明日は、ハイキングに行こうか。美しいほど静かな晩秋の山々に包まれてこようか。十時くらいにここを出て、八時くらいに起きることにしようか。明日の用意は、明日にしたら良い。今日はもうそろそろ寝ようか。いやぼーっと、していよう。そう思って、かれこれ一時間くらい、窓から顔を突き出して、眼下にある、紅色の庭園が、仄かに灯っているのを眺めていた。私は今、妻に電話しようか、しないか、迷っていた。そよ風がちらちら私の襟元に流れ込むのであるが、その度に私の体温は一気に下がっていく。私の悲しい鼻歌はしだいに大きくなっていく。雨もようやく落ち着き始めて、遠くの市街地の白い光が、ぼんやりとやさしく、その雨雲にうつっているから、自分がかぎろいに包まれているかのような感覚をふと覚える。いや、早起きしよう。そう思いなおした。私は日の出を見たく思った。  この通りぼんやりしていると、隣りから、もしくはそのまた隣りの部屋から、全身が震え上がるほどの怒号が聞こえた。耳を澄ますとこうである。 「おいこらっ。おまえ、俺の女で遊んだんだろ。電話で、さっきな、電話で、聞いた」 「知らん、知らん。おまえ、何言うとんねん。————、もうおれそんな言うなら、腹立つわ。おい帰るぞ、おれ」 「ほうれ見てみい、図星なんやろ」 「おい、いいかげんにしなあ、殴るぞ。あんな汚ねぇ奴で遊ぶか阿呆」 「あっ?なんや、誰に言ってるんや。おい、殴ってみろよ」  鈍い音が、鼓膜をかすった。ああ、始まった。愛欲にまみれた、醜く美しい喧嘩が始まった。双方、本気の形相であろう。たとえそれが親友同士であろうとも、お互いがお互いを殺す気でいる。もし、その一人が、どこか殴られた拍子にふらつき、棚に頭をぶつけたりして、あっと言う間もなく死んだらどうであろうか。そんなことを想像してみた。地面を揺るがすほどの怒号がまた響く。眼下の灯火はちかちか点灯し、小雨だったはずの雨はまた強くなる。都会の白い光は、黒い靄に包まれる。いよいよ雷も鳴り始めた。 「ああっ、くそ、知らねえ」  痛憤は、殴ったあとの衝撃を越え、家族という理性の黒柱を越え、溢れんばかりの渦となって、未曾有に燃え盛る豪火となって、彼は決心する。彼はかつての親友の胸ぐらをつかみ、思い切り畳へ押し付け、傍の壺で殴打する。かんっ、という軽い音が一瞬起こる。その時、血はじわりじわりと出てくる。それを確認する前に、彼の理性は、先程までの痛憤が嘘のように湧き上がってくる。 「あ、あ、おい」  目の前が真っ白になる。しかしじわりじわりと彼の白い感情を染めていく、この赤い血は。 「なんとか、返事しろよ」 「おい!」  ああ、悲しい。先程まで、喧嘩していた相手が、ぷっつりあっさり死ぬのだ。それほどまでに悲しいことはない。私は彼の咽び声と、虚しいほどに背高の林を木霊する救急車の音を傍らで聞いている。ああ、悲しい。『城の崎にて』という小説があるが、それを思い出した。  その遺体をほんの少し見せてはくれないだろうか。少し軽くなった身体を持ち上げて、私はなにを思うであろうか。死相は笑顔なのだ。……そよ風は。私の襟元を抜けて、腕から零れ、そしてまたこの暗い空気に溶けていく。私の身体を循環したそよ風は、今度どこにいくであろうか。このものは死ぬということを知っているのであろうか。永遠と、私とまた別の人の襟元から腕へと循環しているのであろうか。不死鳥のそれは栄誉か。壊れることの無い機械が仮にあるなら、それは悲しい物であろう。名誉ですら死を知っている。死ぬことを知らない方が、案外悲しいことなのである。  布団で横になって、またその喧騒を聞いていた。私はその音を、頭の中で掴んでじっと見つめているのではなかった。ただぼんやりと自分を響かすのを黙って放っているだけであった。それが心地良いとも思わない、かといって調子悪いとも思わない、虚無なものだと思った。そんなものより、耳についたのが、あの風の音である。旅愁に浸るように、私はじっと、それが耳に流れ込むのを感じていた。寒くなった。私は窓を閉めようとしなかった。流れるように、私の背中に刺さっていく。指輪はまた、艶めかしく輝いていく。複雑な念が渦巻いた。かつて声を張って永遠を謳ったのが馬鹿らしくなった。なんということもないのだが、これもいざ見ていると虚無である。愛がどうかは、知らん。けれども少なくとも愛の形は虚無である。しかし愛の方は、本当に知らん。私は旅愁に駆られるままに寝ていた。瞼の内になにか映るから、そのなにかを必死に目で追っていた。はっと、目を開ける。電話しようか、しないでおこうか——。ぼやけた視界に、指輪がまた映る。眼に近付けてみると、電球に光って、指輪には波打ち際のような白い帯が出来ていた。残念にもそれが、芸術作品のように見えた。   朝、起きてみるともう九時であった。画用紙と絵の具とカメラと、その他諸々持って、急いで山の方へ向かった。東へ高く昇る太陽の白光で、湿った道路はちらちら輝いていた。昨夜の雨が高いところへ蒸発していく感じが、また昨夜と同じようなそよ風へ伝った。行く道中、コンビニでかるくご飯をすませて、そのゴミをどこに捨てるかで迷った。しかし旅愁というものは恐ろしい。そこら辺に投げ捨てるのも、惜しまないくらいの精神へと豹変させる。  電車から見た山々は、とても錆びて見えたが、実際近付いて見てみると、そんなこともなかった。まだ色鮮やかな色彩を帯びていて、見上げれば銀杏、紅葉、腰を下ろせば、秋桜、菊、そして孔雀草がある。心落ち着く、足場の悪い楽園である。特に私はこの孔雀草に惹かれた。この薄い紫色を見つめていれば、吸い込まれるような感覚に陥るのだが、それはやはり快感に違いなかった。今日はこれを描こうと思った。別にこれで傑作を描くのではない。所謂(いわゆる)習作みたいなものを描こうと思った。題は、『一目惚れ』と。描く前に決めるのは私の癖である。しかし、誰に一目惚れしたのかどうかは大方察することができるであろう。そして勿論、孔雀草の花言葉は、一目惚れ、もあれば、可憐、という意味もある。私はさっそく木陰の目立たないところで折り畳み椅子とイーゼルスタンドを置いて、デッサンに取り掛かった。丁度その孔雀草には日光があたっていて、良い具合の光陰が地面に落とされてあった。そこではいきいきとした感じが湧き出ていた、画家はそれを見逃さぬ。ほんの少し、そよ風で揺らいだのを記憶する。ほんの少し、虫がそこを横切ったのを記憶する。それをほんの少しの微差もなく、描くのだ。私の場合、色彩の誇張なしに、そのままを、描くのだ。そういう調子で、真剣に、血が上るくらいの眼力でやってる訳だから、通りすがりの物好きによく声をかけられた。いやこれは、物好きではない、真に好きなのは人の方でろう。背の低い、三十代くらいの、独り身ではなかろうか、元気のない胸をぶら下げて、厚化粧、二重の瞼と、顔の口角を上げて、覗き込むように絵を、いや、私を見ている。 「やあ、まあこれは。画家さんですか?」  だらしない服の着方をしている、と思った。違うらしかった。色気のあるように工夫した末らしかった。馬鹿馬鹿しい。私はもう既に苛立っている状態だったから、なんのこれが淫乱女の所業にみえて仕方なかった。ああ仕事を邪魔されるほど嫌なことはない。 「ええ、そうです。この、孔雀草を——」  と私が指をさしても、そこを見ない。構わず私を見ている。あきれた。そしてまた、私の絵の方向ら辺をちらと見て、 「そうですか、お上手ですねえ」と、ぎこちなく。そして続けて言う。 「どこから、お越しになりました?」  私の色白な顔をなぞるように見つめて、そう興味のあるように言った。私は慌てて口を開いた。 「京都、です」  女はへえ、と驚いて、 「じゃ、だいぶん遠いところからですか」  そして彼女は、私の左手に差し込まれた指輪に気付いた。ふん、と鼻で笑われたような感じがした。そのえくぼに、悲しみのようなものを押し込めた。そして間の抜けた声で、 「それじゃあ。頑張ってくださいね」  と、悔しそうに笑んで言うのである。失恋したての人かしら。  私はついにやる気をなくしてしまって、孔雀草を描いたその絵を、くしゃくしゃにして、カバンに勢い良く放り投げた。山をふたつほど越えたところは曇天であった。遠くをみつめながら、虚しくなって、私はふと、妻を思い出す。昨夜は結局、連絡しないままでいた。流れるように記憶は駆け巡る。長い黒髪、それを煌めかす白い肌、つやのある赤い唇、華奢な肩から雪崩落ちる、これまた白い腕、やわらかい声と舌、溶けそうな太腿、暗室の中で浮かぶその女像、満月の夜、絵の奥と、私の(まなこ)の奥に、彼女は、いた。  私は寂寥の念に耐えかねた。娼婦というのは、どう足掻いても、どう美しい顔でも、どう(たち)が良くても、どう肉体が良くても、(けが)されていない純粋無垢な女には勝てない。酷なことに、妻がそうだからである。私は一度、妻を描こうとしたことがあった。妻もまた、その美しい顔と、その女らしい体つきと、例の白い肌と、吸い込まれそうなほどの黒い髪をもってでさえ、いざ紙に転写すれば、さして美しくなかった。その絵画は実に芸術作品のはしくれみたいな、酷く言えば汚らしいものでもあった。しかし実物の妻はそうでもないのだ。普通に、美しいのだ。けれどもやはり、絵にすると、こう芸術として表現しようとすると、どうも、悪いのである。この不可思議の原因は、やはり妻が娼婦だったという事実にあろうか。  ——純粋無垢で汚れのない女、それはどこにいる。あの女か、恐らく違う。あの女か、なんだか違う。そうやって一人々々凝視するように探しながら、私はこの山道を歩いている。私には、もう少し自分が技術を鍛えて、それからもう一度完璧に妻を模写する、という選択肢がなかった。カメラも、汚いものをいくら懸命に写したって仕方ないのだ。小説も、汚いものを、舌をうまいことまわして、書いたって仕方ないのだ。汚いものはどう足掻いても汚く、……ああこれは、現実主義すぎるか、けれども、皆、そうではないか。出身地、階級、育ち、やけになってこだわるじゃないか、それを珠玉の様に、いかにも、生涯で最も大事である、などと、(もちろんのこと、弱いから心の奥底で)珍重してるでないか。例えば双子がいて、その双子は生まれたその時から別々に離れて、一人は女優、一人はなんのあてもなしの売春婦、顔も体もほぼ同じである。なら、どちらが美しい。どちらが綺麗。どちらが好き。……私はこう言いたい。汚いものを綺麗とする努力、これの多く、通俗的な芸術にある。それを描く芸術家——彼等は本当に美しいものにはまったく気付かない、それに対して、盲目になっているのだ、もしくは知らないふりをしているのだ。曲がった方が良いと思っているのだ。馬鹿らしい。阿呆だ。しかもこれが通俗的だの言われてるのだから、その俗も俗である。ひねくれた奴らめ。私は何度それに泣かされそうになったか。仮にそれが芸術なら、私は芸術が嫌いである。    山道は、下る方が苦である。足がツっかえて、転けそうになる。眼下に広がる景色には、やはり冬の訪れのような、さびれたところがあり、また私の眼は、乾燥した木枯らしでうるうるしだして、その色のないモノトーンの景色が、たちまちうごめきだした。傍の枯れ木も、黄色い野原も、茶店の旗も、こうやって風が吹いてきた時のみ、ある種の空虚というものを、微かに謳い出す。  市街地の方に、雪のように真っ白な天守閣がそびえている。あれは、旅館からでもよくみえる城である。白鷺城と言うらしい。暫くすると、そこに暗雲の影が横切った。白いはずのお城が、灰色になった。いよいよ冬な感じがしてきた。いささかのあたたかみのない市街地になってきた。山はまだ元気でも……、しかしこの山に雪が降るのも、あともう少しのことであろう。近付いてきた時雨の足音が、颯爽(さっそう)とそれを伝えた。またこの時雨が、なんだか最期のような気がして仕方なかった。今日もまた、昨夜のように、私は傘もささずに、山を駆け下りることを決意した。  行きしのコンビニまで近付くと、私は空腹にやられそうになった。旅館の地下にあるレストランで、しっかりした食事を取ろうと思っていたが、しかしどうも、空腹には勝てない。おにぎり、からあげ、二個ずつ、それくらいを一気にたいらげて、雨の中、帰路を急いだ。ゴミをカバンに入れようとした時、くしゃくしゃになった孔雀草の絵がひょっこり私を覗くので、なんともいえない気持ちになった。  表門を過ぎた時、傘をさしながら庭の手入れをしている女将さんが、 「まあ、びしょ濡れになりまして……。急な雨でしたね。予報では、晴れとなっていましたが」  女将は皺を寄せ、また私に、同情を寄せる。 「本当に風邪ひきますからね。冬にも近づいていますし。さあさ……」  と私に風呂をすすめた。私は言れるままに風呂へ入ってそれから、窓から見える、小さくて、プラモデルみたいに可愛らしい、ひねくれた奴からすれば、実に侘しいなどと言われかねんその城を、こねくりまわすように、舌を巻いて、ははあ、これはっ、と半分感激しながら、デッサンしていた。しかしそれは、完成してしばらくしたら捨てられてあった。どうやら作者が、虚無感に襲われたらしいからである。    二日ばかり寝込んだ。案の定の風邪であった。その日暮らしをするごとく、寝ては起きては、庭と奥の白い城とをみつめて、また寝ては、読みかけの先生の小説で感傷に浸り、息絶え絶えの虫の音で、また感傷に浸り、ようやく風の音、窓を叩く音のみが、なんの余韻もなくさびしく弾むように響いているのでまた感傷に浸り、うじうじここで寝転がっている孤独な自分を気の毒に思って、さらに感傷に浸り、落ち葉がぺしんと窓に張り付いた時、私は遂に体をのっそりと起こした。先程まで我慢していたのだ。部屋を出ると、暗い廊下が横たわっていて、足元を照らす光が、目に焼き付くほど煌々と光っていた。もう夜であった。トイレの少し近くにある自販機の白い光で、女の撫で肩が、影に包まれながら、ぼんやり浮いているのが見えた。女は一人、ベンチに座って、疲れきった顔で、窓の外を見ていた。窓の奥にはその女の顔がうつるばかりで、建物も山も景色というもの、ひとつもなかった。——そして近付いてみて、ようやく分かった。その人が、私が温泉に行った時に一目惚れした人だったということが。私は興奮して、それどころじゃなかった。私は自販機で、コーヒーをわざわざ買って、女の向かいにあるベンチに腰掛けた。腹がはち切れそうになった。けれども私は無理してそれをちみちみ飲み、ふいとその女の潤って白く光る唇を一瞥し、なに興味ありませんよう、という風に顔を横に向けたりして、思春期の男子みたいなことを、お腹をかかえて密かにしていたのである。しばらくすると、トイレの方から、背の高く、どこか見覚えのある……やはりあの美男の青年であった。女はそれに気付くなり、すらりと立ち上がった。その時女から、小川のせせらぎのような、けれども鼓膜の奥にじっくりねじ込まれるような、そのような透き通った甲高い声が響いた。 「ちゃんと手洗った?」 「ああ」  そしてこの美男の青年は、なんというのか、紳士のような、声をしておられる。しかし青年が、上品な黒いハンカチで、今に手を拭いているというのに、女がわざとそれを訊くというところが、いかにもカップルらしくて、いじらしくて、仲睦まじそうで、羨ましくて、私は、嫉妬に似た、もしくは深い愛情に似た、烈しい憤怒を覚え、あの女はもう既に汚されたのでは、という焦燥さえ起こった。私は苦そうに薄ら笑いをしながらそれを見送った。そして飛び込むようにトイレを急いだ。奇妙なことに、あの女の、檸檬を打つような、かんっ、とした爽やかな音が、いつまで経っても、頭の中を駆け巡っていたから、トイレ中、官能で脊髄が狂い、ろくに発散出来なかった。手を洗う時の私の顔は、意識していないのにも関わらず、口角の方が器用に上がっていた。まるで猿である。……やはり私は手先が器用な猿ではなかろうか、と時折思うことがある。なんだか自分が、卑俗極まりない、実に汚らしい奴になっているような気がしてならなかった。それは妻のせいであろうか。育ちが悪い女、やすやすと体を与えるような女、私の理想の芸術として失格な女、そういう女の隣でこうも同じ釜の飯を食うから私もこのように汚くなったのであろうか。女は男で姿が変わるというが、男は女で精神が変わるというであろう。  ——先生は、どう思います?  そういえば、明日の夜に、流星群のイベントがあるのだった。先日女将さんが私に気を使って言ってくれたのを思い出した。彼女はいるのであろうか。まずそういうことをちゃっかり真っ先に考え出すのが男である。卑俗な私は、あの青年との話を盗み聞きして、せめてでも女の名前を知ってやろうと思った。欲を言えば、ほんの一言か二言、喋りたいとも思った。いや、彼女の写真を撮れるだけましであろうか。   病人の胃にやさしい、女将手作りのお粥や野菜やらをいただいて、女将は最後に、私にこう言った。 「今日はよく休みなさいね。なにせ明日は誕生日なんですからね」  女将によく甘えるから、女将は女将で私を普通の客とは違うように、よくしてくれる。私も私で、 「はあい」  と間の抜けた返事をするのである。しかし今夜はよく眠れない。コーヒーのせいもあるのだが。 電灯をつけて、『痴人の愛』を読み進めた。二三ページ読んで、ふいと気になったから、先生の小説を読もうと思った。すらすらと川の流れのように目から脳から、活字が入ってくる。先生は、春を思う小鳥のように可愛らしく、美しい文章を書くのだ。そして時偶に入る、脊髄を震え上がらすような文章も、今の私にぴったり合っているから、ある種の感動と興奮をもって、身体で包み込むように、受け入れることが出来る。また読んでいくうちに、折り畳んだ太腿が、視界に入る前髪が、脇元から滲み出てくる肉汗が、邪魔に思わなくなる。やはり先生は素晴らしい。読者を、完全に物語へ誘い込むのが上手である。一流の小説家は、やはりこうである。マジシャンである。
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