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寒空の下、白い針金のような木々が立ち並び雪で覆われた寂しい森。人は立ち入る事はない森の最奥に黒いローブのような防寒着を身に着け目深にフードをかぶった男がいる。
小鳥が囀り、フードをかぶった男の肩に止まる。
「おはよう、今日は随分と早いんだね。もうすぐ渡るのかい?」
男は優しい口調で小鳥に話しかける。
フードに隠されている肌は白く、烏の濡れ羽色のように美しい黒髪。人形のように整った容姿をしている男の目は閉じたまま。
とある流行り病によって視力は奪われ、祖母から受け継いだ美しい瞳は色を変えた。
小鳥たちは冬と共に渡る渡り鳥。小鳥たちがこの地を離れる時は春の訪れを意味する。
「そう、もう少しいるの。今年は冬が長いんだね」
目が見えないからこそわかる移ろいがある。
空気が冷たく澄んでいる冬は盲目男の好む季節だ。
動物と盲目男と植物以外存在しないのではないかと思う森の空気が少しだけ変化する。
「……なにか、来たのかな」
まだ遠いが、何かが訪れたのか森の空気が変わり、小鳥たちが羽を鳴らしながら盲目男の元を離れる。
「ふむ。勇者気取りのハンターならお灸をすえなければね」
目には映らないがこの美しい森を壊すような事はさせたくない。
盲目男は微笑みながら自宅として使っているロッジに戻った。
森の夜はとても冷える。
暖炉に火を入れて薪を放り込み、空気が温まるのを待つのも楽しい時間だ。
一人だけの部屋は暖炉で燃える火と薪の音、男の呼吸音と心臓の音が世界を満たす。
暗くても明るくても変わりはない。
何をするわけでもない生活は多忙を極めていた男にとってとても楽しい時間で、とても大切なものだ。
外の音は普段と変わりない。
雪が降り積もる音、風が吹く音、木々が寒さに凍える音、様々な音が混じり音楽になる。
「……昼の気配は近づかない、かな」
外気にさらされ氷のように冷たい窓に手を当てて気配を探る。
『なにを探している』
部屋の中から突然聞こえた声に盲目男は微笑んだ。
「昼に知らない気配が森に入ってきたんだけど、どこかへ行ったみたいだ」
いつでも唐突に現れ、唐突に消える声に見えない目を和ませる。
『そうか』
ノイズ、と男は勝手に呼んでいる。
耳にザラザラと残る声がノイズ音に似ているからだ。
「ノイズ、しばらくはここにいるのか?」
『あぁ。お前がそろそろ体調を崩す季節だからな』
「はは、お前は俺の親みたいだなぁ」
クスクスと笑う男は声のする方向かい合うように身体を動かせば気配は暖炉に近づき男の定位置である椅子を動かした。
『親ではないがな』
さっさと座れ。とノイズの言葉と気配が云う。
やっぱり親じゃないか。と盲目男は笑うが言葉にはしない。
『さっさと眠れ。森の気配は俺が見ておいてやろう』
「そうだね。今日は冷えるな」
ノイズが動く気配がするが床は軋まず、衣擦れもしない。どんな姿をしているのか男には判らないが、その気配りのよさはよくわかっている。今も、肩に掛けられるストールに頬を緩める。
「ありがとう」
『あぁ』
ふわりと盲目男の黒髪をまとめていた髪紐を盗み取り、キスをした。
「おやすみ、ノイズ」
『あぁ、よい夢を。リヒト』
盲目男・リヒトはノイズがいるだろう場所に微笑み、寝室へと姿を消した。
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