「殿下、てめぇは絶対許さねえ。」

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「殿下、てめぇは絶対許さねえ。」

(……はっ!) …戻った…? 瞼が開いた瞬間から目まぐるしく動く眼球。 寝起きのボンヤリ感を味わっている暇は無い。 (よし、部屋…実家の部屋…という事は確かに戻ってる。後は…、) がば、と起き上がり布団を跳ね除ける。 部屋の内部の様子が目に入ってきたが、懐かしんでいる暇は今の俺には無い。 (確実に希望した日時に戻れたか確かめないと…。) 意識は即明瞭になったが体はそうはいかなかった。少し足をもたつかせて机に向かう。 その隅に立て掛けてある暦を確認すれば、和皇歴3120年3月20日の所が赤く点滅している。 時刻は朝7時ちょうど。 ついでにそばの姿見を覗くと、最新の記憶より やや幼げな自分の顔。 相変わらずの黒髪黒目の立派なモブ顔だ。 (よし、間違いない。) 思わず小さくガッツポーズ。 あの日…、いや今はこの日、か。 今日、予定通りに事が進んだならば、俺は今夜の皇子の誕生日パーティーで多数の出席者達の面前で婚約破棄を言い渡されて、 その後進学先の学園で赤っ恥の学園生活をスタートさせられるのだ。 しかも、入学直後から始まった陰湿な嫌がらせにより在学中に自殺に追い込まれた…事にされた。 実際は、殺人である。 誰かに毒を飲まされたのだ。 しかも、遅効性のやつでじわじわやられたから、そりゃもうのたうち回って苦しんだ。 (絶対に許さない…。) 死の直前になってやっと、俺の魔力が覚醒し、同時に発動したのだ。 高位貴族の家に生まれながら、この歳迄ひとつの魔法すら使えず出来損ないと後ろ指指されてきた俺の、生涯唯一使えた力。 家系の中でも稀にしか生まれないと伝わっている、門外不出の禁忌の力。 時間遡行能力。 言い伝えでは その能力を持った祖先達は愛する伴侶などの為に使ってきた とされているが、俺は自分自身の為に使った。 だってその時俺には愛している相手なんかいなかったからだ。 なら別に自分に有効活用したって良くね? あれこれ忙しく思い巡らせている間に今日の予定を立てる。 取り敢えず全てを先回りして、回避していくしかない。 行動が未来を変えるのだ。 執事を呼び、車の用意を言いつける。 数年程度ではさして代わり映えもしないが多少は懐かしいじいちゃん執事である。 「雪長様、本日は夕方からお出かけのご予定もございますのに、何処へ…。」 訝しげに尋ねられて答える。 「皇宮だ。」 「皇宮でございますか…。」 「殿下にお会いする。」 「しかし今夜は…、」 「良いから段取りをしろ。」 「…かしこまりました。」 部屋を出ていく執事の気配を背中で感じながら、俺は今度はメイドを呼んだ。 「出来るだけ地味な服を。黒か濃紺が良い。」 「…かしこまりました。」 今となっては恥ずかしいが、婚約破棄されるまでの過去の俺は、性格も顔も地味な癖に、婚約前から好きだった子の影響か 派手好きで原色や珍妙な柄物を好んでいたので、普段準備を手伝っていたメイド達にとっては不可思議な命令であったには違いない。 つーか、何であの腐ったセンスを誰も指摘してくれなかった? あれだけ浮いてたのに。 だが、何をどう思われても取り敢えずはそこから変えていかねばならないのだ。 1時間後、装飾の抑えられたネイビーのベルベットのアウターに、黒のインナーとボトムス、シューズという… シンプルと地味の狭間で揺れてしまいそうな出で立ちで、髪を軽く整え、俺は出かけた。 何時もの様に髪をガッチガチにしなくてもよろしいので~? というヘアメイク担当のメイドの言葉は無視して、玄関前に待機していた車の後部座席に乗り込む。 「出せ。」 運転手は静かに黒塗りの車を発車させた。
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