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はぁ? と青筋が立つのが自分でも分かる。思わず殴りたい衝動に駆られた。
「ねぇ、日誌書けないんだけど」
正確に言うと邪魔なんだけど。どっか行ってくんないかな。
席に座り直し、しばらく黙ったままの風真の旋毛を眺める。ぼくより背の高い風真の頭頂部を見ることは滅多にないから、なんだか新鮮だった。叩きたくなる頭だな。
「ごめんなさいは?」
最初謝ってくれたのかと思ったが、余計なのが二つくっついていることに気付く。
なんだその『は』と『?』は。『ごめんなさい』の間違いじゃないのかな。
この男が謝るとは思えないけど、もしかすると聞き間違いかもしれないと「なんて?」1%の可能性に賭けて聞き直してみる。
「俺の心を傷付けてごめんなさいは?」
どの口が物言ってんだ。とっさに喉まで出掛かった怒声をなんとか飲み込む。
その理由でいくと謝ってほしいのはぼくの方なんだけど、と言ってやりたい。
今も昔もぼくは絶えず君の気紛れなのか悪意なのかよく分からんものにずっと傷付けられてるんだけど。それを分かってんのか。分かって言ってんのかこいつは。
けど、この押し問答も、意地の張り合いも、時間の無駄にしかならないのだった。
だから諦める。いろんなことに折り合いをつける。早く帰りたい。
「…………ごめん」
ふつふつと込み上げる怒りを無理矢理抑え、大人になれと自分に言い聞かせながら、小さく謝る。本音は、お前が謝れこのクソ暴君野郎の一点張りだった。
「『なさい』が足りない」
「──ごめんなさい」
「いいよ。俺優しいから許してあげる」
不満たっぷりなぼくとは正反対に満足気に口元を緩めた風真が顔を上げる。
相変わらず胡散臭い笑顔だ。まるで道化が無理矢理人間になろうとしているみたいな薄気味悪さがあって、ぼくは嫌いだった。まあ、風真のことは全部嫌いだけど。
顔を上げたついでといったふうに彼は立ち上がる過程で、キスしてきた。
突然のことに驚いたが、彼の奇行にはもう慣れてる。だからさも当然のように口腔に侵入してきた彼の生暖かい舌を受け入れた。抵抗するだけ無駄なのである。
ぬるり、とした舌が意志を持った生き物のようにぼくの舌を絡め取り、翻弄する。
否応なしに与えられる小さな快楽に思わず眉を顰め、逃げ腰になる。グッと頭を反らして逃げようとしたところ、そんなぼくの考えなどお見通しだと言わんばかりに風真がぼくの後頭部を鷲掴みしてきた。更に密着し、呼吸を奪われる。
日誌を書かなきゃいけないのに。悔しいことに、蕩けそうになる頭のなかで呟く。
しばらくして、唇が離された。荒い呼吸が静かな教室に響いて、唾液の糸が架け橋のように互いの間に引いて、途切れる。そのまま離れるのかと思いきや、再び顔を寄せてきた風真が、ぺろりとぼくの口端に伝う飲みきれなかった唾液を拭うように舐めとった。ぴくり、と思わず肩が跳ね、それを隠すように彼を引き離す。
酸素不足で荒くなった息とそのせいで熱が集まる顔を隠すように俯いて呼吸を整えていると、日誌とシャーペンを引ったくられた。
なにするつもりだ、と目で訴えるぼくを一瞥することなく、風真がサラサラとなにかを書き込んで、それからパタリと日誌を閉じる。目が合うとへらりと彼は笑った。
「帰ろっか」
「…………日誌になんて書いたの?」
「んー? チューしたときの瑞希がエロくて堪らんって」
「ぶん殴るよ?」
そんなこと出来やしないけど。けど一度はその横っ面を叩いてみたい。
そんなぼくを見透かすように「出来ないくせに」肩を揺らすように風真が笑った。
「早く帰ろう」
鞄と日誌を片手に彼は早く支度をするよう顎で促す。
もちろん、感謝の言葉はない。この男と付き合い始めてから、当たり前のように色々な雑務を押し付けられているのだけど、こいつはそれに対して有り難みを感じるどころか、ぼくがやるのが当然だと本気でそう思っているらしい。クソ野郎がよ。
言われるがまま帰り支度をする。
今日使ったノートや教科書が無くなっていないかを確認しながら鞄に詰め込む。
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