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 置き勉の方が本当は楽なんだけど、それが許される環境にぼくはいないのだった。  それもこれも全部、風真のせいである。 「まだー?」 「もう終わったよ」 「『待たせてごめんね』は?」 「はいはい。待たせてごめんなさいね」  軽くあしらうように希望に答えると「瑞希なんか逞しくなったよねぇー」ぼそりと風真が小さな不満を漏らしながらぼくの手を取り、ぎゅっと指先を絡めてぬくもりを押し付けてくる。風真はよくぼくに触れるが、そのわりに力加減が下手くそだった。  今だってただ手を繋ぐだけなのに、なんだってそんなに力を込める必要があるんだよって思うくらいギリギリ握り込まれる。非力な僕は顔を顰めることしかできない。  振り払うなんてもってのほかだ。だから我慢する。  風真が歩き始める。手を繋ぐという行為には多少の気遣いが発生するのだが、もちろんこの暴君野郎には一切無いものだ。だからぼくが彼に合わせる。強制早歩きだ。  今ではもうすっかり慣れたけど、最初の頃はただ歩くだけでも大変だった。引っ張られたり、脚が縺れたりで、何度ずっこけたことか。今でもたまに転ぶけど。  職員室に立ち寄り、風真の担任に日誌を渡してから、靴箱へと降りる。  その(かん)、ぼくらの間に会話らしい会話はない。よっぽどの用がない限りぼくから風真に話し掛けることはないので、ほとんど無言の方が多かった。  繋がれていた手が一旦外される。妙な開放感にほっと一息つき、薄っすら赤くなった自分の手を労るように撫でながら、自分の靴箱へと向かうと、なんていうことでしょ、ぼくの靴が行方不明になっているではないか。今月で3回目の失踪である。  うーん。痛い。心より財布の中身が。深く溜息をつく。上履きで帰るしかないか。  傷付くのもそこそこに冷静に上履きで帰ることを選択するようになった辺り、ぼくも色々と麻痺しているなと実感する。今となっては、こういった嫌がらせにいちいち胸を痛めることもなければ、涙を浮かべることさえなくなった。ただ教科書とか体育着とか上履きとか、それなりに値が張り、代用が利きづらいものを捨てたり隠したり汚されたりするのは本当困るなとは思っている。買い替えるのが非常に面倒くさい。  先に玄関で待っていた風真に近寄る。彼はぼくの足元を見て「あれぇ? 靴は?」ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら訊いてきた。分かってるくせに。 「今回も家出したみたい。反抗期なのかな。本当参っちゃうよね」  気にしてない風を装って、やれやれと肩を竦めながら首を横に振る。  少しでも隙を見せればこの男の思うツボだった。 「瑞希の靴はよく家出するね。自分の物にも嫌われてるんじゃない?」  どの口が言ってんだ。思わずそう怒鳴りそうになったけど我慢する。  高校に入学してからというものぼくはいじめに遭っていた。そのいじめの主犯者はなにを隠そうこいつだ。金で雇ったのか持ち前の腕っぷしの強さで言うことを聞かせているのか──おそらくそのどちらもだろう──ぼくをいじめるようクラスメイトを含め、その他の同級生達に裏で指示している。らしい。本人が前にそう言っていた。  教師にもその毒牙が掛かっているのか、それとも学校というものは元々そんなもんなのか、ぼくがいじめられていると分かっているはずなのに我関せずを貫いている。  直接なにかを言われるわけでも、意味もなくヒソヒソされるわけでも、殴られるわけでもない。しかし、その一方で完膚なきまでにシカトを決められ、当たり前のように物を盗まれたり、汚されたりする。うーん。なかなか悪質で陰湿である。  再び手を取られ、その痛みに耐えながら歩く。  風真がなにを考えているのかは未ださっぱり分からない。  ぼくをいじめるよう周りに命令している、その理由を聞いてみてもびっくりするくらい全然理解できなかったし。そもそも理解できるかあんなん。 「瑞希」  なに考えて生きてるんだろうなぁってぼんやり思っていると校門を抜けたところで風真が口を開いた。
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