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肉体的にはそこまで疲れていないが、その代わり精神的な部分の疲労が強い。
一人になると張り詰めていた気が緩むのか、それが、どっと押し寄せてきた。
このまま眠ってしまいたい気持ちにもなるが、やることが山積みのうえ、それに多分目を閉じたところで上手く眠れないのだろうなとも思う。風真と関係を持ってから寝付きが異常なほど悪くなったし、眠りも浅くなり、ここしばらく爆睡というものをしていない気がする。風真に抱き潰されて気絶した拍子に眠ることは度々あるが、もちろん、そんなんで疲労が取れるわけがない。ただ新たな疲れが加わるだけだった。
少しでも泣くことが出来たら多少気が晴れるかもしれないが、最近は風真に抱き潰されるとき以外涙が出てこない。泣き出したい感覚はあるのに、涙腺が頑なにそれを拒否するのだ。ぼくの身体は一体どうしてしまったんだろう。完全にあの野郎に調教されているなと思って、心の底から気持ち悪くなった。うげぇっと吐きそうになる。
良くも(いや良いことは全然無いな)悪くもぼくの世界は風真中心で廻っている。
これがバカップルなら脳内お花畑のハッピーエンドかもしれないが、風真に対して一欠片の愛情が無いぼくにとってはただの拷問でしかなく、終わらない悪夢だ。
この地獄を終わらせるには、ぼくが壊れるか、風真が諦めるor飽きるのを待つしかない。早く諦めてくれよ。それかさっさとぼくに飽きて他の女でも男とでもいいから、どっかに行けよ。いっそ風真の望み通り完膚なきまでに壊れてしまえば、今よりずっと幸せになれるのかもしれない。そう少しだけ弱気にもなるが、あいつのムカつく笑顔が頭に浮かび、ぎゅっとシーツを握り締める。絶対負けるかと闘志を燃やす。
ごろりと俯せから仰向けになる。右腕で額と右瞼を覆う。
風真のぼくに対する執着が悪意なのか好意なのか未だに測りかねている。
本人は後者だと言っていたが、それが本当なのか嘘なのかぼくには分からない。
風真の愛情(?)表情は歪んでいる。だから余計に分からなくなる。普通に考えてぼくへのこの仕打ちは、好きな人に対して到底出来るもんじゃないと思うけど。
大事なものを人質に取って、奪って、周囲から遠ざけて、自分のために壊れてほしいと願う。おかしいだろう。完全に正気の沙汰ではない。狂っているとしか言いようがなかった。……それに付き合っているぼくも傍から見たら同じなのかもしれない。
風真に関わってからぼくの人生は散々だった。けど、それでも後悔が少ないのは、きっと風真が約束を護ってくれているからだ。ありがたいとは微塵も思わないし、お前さえいなければと恨まない日はないけど、それでも、ぼく一人が我慢することで『彼』が理不尽な悪意に晒されることはない。それが唯一の救いだったりもする。
ごろりと寝返りを打つ。未練がましく本棚に飾られた写真立てを見る。
「…………ぼくは大丈夫だよ」
ぼくがもう二度と見ることが出来ないであろう笑顔が、いつまでもそこにはあった。
「あ、瑞希じゃん」
中学三年生の秋。悪魔に微笑みかけられたのが、まさしく、ぼくの運の尽きだ。
その日ぼくは、校内一の問題児と謳われていた──夜越風真に見事絡まれていた。
壁に追い詰められたぼくに逃げ場はなく、横を見ても風真の腕が邪魔をしており、前方は彼自身が立ち塞がることで完全に封鎖されている。とどめに彼の背後には不良達の屍が転がっていた。いや、本当に死んでいるわけじゃなかったけど。
地面に横たわった彼らはぴくりとも動かず、呻き声一つ発することなく、目を閉じていた。それとどっから拾ってきたのだろう。金属バットやら鉄パイプも転がっていて、明らかにやばい状況だった。そして、ぼくを追い詰めた風真の頬には彼らのものと思われる返り血が伝っていて、ちらりと手を見ると拳が赤いもので染まっていた。
それを見て、暴力に対する耐久値が低かった当時のぼくは血の気が引き、膝が震え、ガタガタと歯を鳴らす。なんだってこんなことに。そう思ったかもしれない。
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