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 ゴミ袋片手にのこのこやって来たぼくを最初に認識したのは、風真だった。  違うクラスにも関わらず、風真はぼくの名前を呼び、あっという間に距離を詰めてきた。そのときにはすでに惨状は出来上がっており、不良漫画のような現状にぼたりとゴミ袋を落としたぼくは簡単に壁へと追いやられた。少女漫画風にいえば壁ドンというやつだ。人生初のそれはときめきからは程遠く違う意味で心臓が高鳴っていた。  殴られるか、カツアゲされるか、最悪どっちもかもしれないと恐怖に身構え、縮こまるぼくに風真が優しく話し掛けてきた。 「朝倉燈也(あさくらとうや)だっけ?」  予期せぬ名前の登場にぼくは顔を上げる。今思えばぼくの気を引くためにわざと幼馴染みの名前を出したのだろう。そしてそれにぼくは見事釣られたわけだ。  目が合うと風真は、にぃっと口の端だけで笑った。それから「合ってる?」とぼくの顔を覗き込むように首を傾げる。穏やかな口調だが、無視は許さないと言いたげな妙な迫力があった。そうでなくても、彼を無視する度胸なんて、そのときのぼくにはなかったので、躊躇いがちに首を縦に振る。  なんでここで幼馴染みの名前が出てくるのか。なんとなく嫌な予感がしていた。  思わず身構えたぼくに風真が笑みを濃くし、するりと空いている手でぼくの頬を撫でる。優しいはずの手付きに背筋がゾワッとした。それからその指先がぼくの唇をなぞる。なに? なんなの? 予測不可能な彼の動きに翻弄されつつ、ご機嫌を損ねないために抵抗せずにいると風真は突然ぼくの顎をぐいっと掴み上げ、それから「──んっ!?」キスしてきた。目を見開く。  触れるだけとはいえ、突然キスを仕掛けてきた風真を押し退かそうとぼくは両手で彼の胸を押す。しかし、悲しいことに体格の差かあるいは単純に力負けしているのか、どんなに押しても彼の身体はびくともしない。押して駄目ならあとでボコボコにされる覚悟で胸板を叩きつけてやろうかと拳を握り、振り上げる。──が、それを先読みしていたかのように両腕を掴まれ、そのまま壁に縫い付けられた。  拘束から逃れようと身体を揺らす。徐々に息苦しくなってきた。掴まれた腕が痛い。酸素を求めるように唇を開くと「っ!?」その僅かな隙間から風真の舌が入り込んできた。生温かいそれが無遠慮に口腔を蹂躙する。  押しやろうとしたぼくの舌先を無理矢理絡めとり、器用にも吸い上げる。  歯茎や歯の裏側、顎上をゆったり舌でなぞられると背筋に甘い電流みたいなのが走り、徐々に身体の力が抜けていくのが分かる。逃げようともがく。それに合わせるように舌の動きが激しさを増していく。息苦しさと確かな快楽と嫌悪感が混ざり合って涙が出てきた。頭の芯が溶けるようにぼんやりして、上手く立っていられなくなる。  風真のものともぼくのものとも言えない唾液を無理矢理飲み込む。それでも飲みきれなかった分が唇の端を伝った。それが合図だったかのようにやっと解放される。  酸素を求めるように荒い呼吸を繰り返して、時折、大量に分泌された唾液にむせる。なんだってこんなっ。ぼくは目の前でどこか満足気に笑う風真を睨みつけるが、迫力なんてまるでなかったことだろう。  夜越風真は地元では有名なヤクザの一人息子だった。それを背景に彼自身も相当な荒くれ者で、悪い噂が絶えなかった。他の同級生もそうだけど、先生達でさえ風真と関わりを持つことはしなかったように思える。腫れ物扱いのお手本みたいだった。  離して、と続けられるはずだった言葉は、ぐいっと学ランとなかのシャツを横に引っ張った風真によって遮られる。「ちょっ、!」露わになったぼくの首筋に顔を埋める。息が掛かり、もどかしい刺激に「あ、っ」自然と聞いたことのない声が自分の口から零れ落ちた。風真がそこに唇を落とし「ちょっ、なにし」ちゅっと皮膚を吸い上げる刺激に身体がビクリと跳ねた。  その微弱な刺激に限界を迎えたぼくは思わず座り込みそうになるが、それを察してか脚の間に風真の脚が差し込まれる。手の拘束も強まり、成程、どうやらぼくは立つことを強要されているのだと理解した。
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