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「お前は今日から俺のもんだ」 「な、に、言って」 「逆らえば、朝倉燈也を殺す」  不穏なその台詞にぼくの身体が強張る。言葉が詰まって、上手く出てこない。追い打ちを掛けるように「冗談じゃないぜ?」と彼はいやらしく笑う。それから学ランのポケットを探り、折り畳みナイフを取り出した。風真が手を振ると刃先が飛び出し、そしてそれがこちらへと向けられる。人から刃物を向けられるのは生まれて初めてだった。普通は冗談でもしないだろうそんなこと。ひくりと、喉が仰け反る。 「瑞希が言うこと聞いてくれないならこれで朝倉燈也をグサって」  ぼくの脇腹スレスレに、ナイフで壁を小突く。明らかな脅しに身体が震える。  宣言通りおそらくやると決めたら風真は本当にそうするのだろう。  笑っているくせに全く目が笑っていない、彼の笑顔を見てそう確信する。 「なんで、燈也を狙うの?」僅かに言葉に力が入り、語尾が強まる。自然と睨む。  ぼくの質問がおかしかったのか、それとも先程まで怯えていた相手が急に強気に出たことが彼の目に滑稽に映ったのか、風真がクックッと笑い始める。その笑顔はどこか道化じみていて、本心から笑っていないことが分かる。偽物の笑顔。どこまでも底の見えないそれに得体の知れない嫌悪感を覚え「笑わないで答えて!」思わず怒鳴る。ぴたりと、風真の気味の悪い笑い声が止んだ。  笑みを消し去った無表情がぼくを見下ろす。思わず気圧されるほどだった。その瞳は黒く鈍く輝き、狂気にも似た何かが静かに渦巻いているような気がしてならない。  まるで、獲物を狙う獣のようだと思った。 「理由? 聞きたいの?」  ……当たり前だろう。 「聞きたい。聞く権利くらいぼくにもあるはずだよ」 「俺が瑞希のこと好きだから。だから朝倉燈也が邪魔なの。それだけだよ」 「……悪いけど、ぼくは君のこと、好きじゃない」  風真の笑えない冗談はさておき、唸るように本音を吐露する。 「知ってるよ」  彼は肩を竦め、それから薄く笑った。  ぼくの耳に顔を近付け囁くように「朝倉燈也のことが好きなんだもんな」ぼくの秘密が暴かれる。なんで、それを。目を見張る。  顔を引いた風真は、ぼくの顔を見てより笑みを深めた。 「お前を見てれば大体分かるよ。さて、そんな瑞希くんに最後の選択肢だ。俺ってば優しいだろう? このまま大人しく俺のものになるか、俺を拒んで朝倉燈也を消されるか。好きな方を選べよ。まぁ、結局どっちを選んでも得するのは俺なんだけどな」 「っ、最低っ」 「それに、今まで幼馴染みだと思っていた奴に実は性的な目で見られていたってことを知ったら、あいつは一体どんな表情(かお)をするんだろうなぁ?」  ぼくを嘲るように風真がうそぶく。そんなんじゃない。違う。そう否定しようとして口を開くが、震えた唇と声帯は、結局なんの音も発することなく、無様にも閉じられる。ぐしゃりと顔が歪んだ。悔しいことに、風真の言う通りだった。  ぼくは幼馴染み──朝倉燈也のことが好きだった。その気持ちは、友情の枠をとっくの昔に飛び越えている。  物心ついたときから、いつも決まって隣にいた彼のことが好きだった。  好きになったきっかけなんてもう覚えていない。女の子に全く興味がないわけでもなかった。だけど、気が付いたら彼の姿を目で追っていて、傍にいないとなんだか落ち着かなくて、相手が女の子でも男の子でもぼく以外の誰かと楽しそうに話しているのを見ると胸がモヤモヤする。それが恋だと自覚したのは、一体いつだったか。  ──分かってる。  この恋が叶わないものだってことは。叶えちゃいけないものだってことは。ぼくが一番よく知っていた。この気持ちは消さなきゃいけないものだってことくらい。ちゃんと分かってる。分かってるよ。でも。だけど。言い訳がましいかもしれないけど、それは多分今じゃなくて。だけど、ぼくがここで拒めば、燈也はこの男に──。 「ん?」  おそらくこの男はやると言ったら本当にやるのだろう。それも徹底的に容赦なく。
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