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 ドクドクと心臓が馬鹿みたいに早鐘を打って、気持ち悪い汗が体中の毛穴から滲み出てくる。怖い。逃げ出したい。嫌だ。どうしよう。様々な感情が渦のように駆け回る。その先で見えたのは、僕の名前を呼び笑う、幼馴染みの姿だった。  ぎゅっと拳を握り締める。燈也を護るためには。彼の人生を護るためには。 「……わか、った」  ──ぼくが夜越風真に服従するしか道はない。  馬鹿で無力なぼくには、それが罠だって分かっていても、そうするしかなかった。 「……分かったよ。君の好きにすればいいよ。ぼくは抵抗もしなければ逃げもしない。その代わり、ちゃんと約束して。ぼくはどんな目に遭ってもいいけど、燈也には絶対に手を出さないって!」  ボロボロと涙が零れ落ちるの止めることは出来なかった。  そんなぼくを見て、風真が目尻を細めて笑う。 「もちろん。瑞希が俺のもんになってくれるなら、他はどうだっていいし、絶対に手を出したりしないよ? でも俺からも約束。もし、俺を裏切ったときは例え瑞希であっても許さない。そのときは殺しちゃうかもしれないけど、いいよね?」 「……いいよ。ぼくは君を裏切らない。約束する」彼を護ることが出来るのなら。 「そう。瑞希は本当に良い子だね」  ぼくの答えに満足したのか、涙を舐め取るようにちゅっ、ちゅっ、と風真が頬にキスを落としたあと、今度は触れるだけのキスをしてきた。ぼくも今度は抵抗しなかった。ただ彼を受け入れる。奪われた初めてのキスは全然レモンの味なんてしなかった。胸が苦しくなるような甘酸っぱさも嬉しさも幸福感もなにもない。ただただ虚しい気持ちでいっぱいだった。ちゅっ、と小さな音を奏でてようやく解放される。  腕の方の拘束も、脚も退かされた。一気に支えをなくしたぼくの身体は自ら立つことを放棄して、べしゃりとその場に座り込む。身体が馬鹿みたいに震えていた。 「じゃあ、瑞希。これからよろしくね」  頭上から降ってきた穏やかな声音が、ぼくを地獄へと誘う無慈悲な合図だった。  現実逃避気味に過去を軽く回想してみたけど、現状はなにも変わらないのだった。  ここまで来ると自分の不運さを嘆くよりも、あっぱれだなと感心してしまう。  重い腰を上げ、ようやく靴屋に出向き、一番安いそれを購入したその帰り道。ぼくは三人組の不良に金銭を要求されていた。いわゆるカツアゲの真っ最中である。  はぁーっと内心溜息をつく。風真で感覚が鍛えてられている(麻痺している)こともあってか、これくらいのことで動じるような心はないけど、気分が良いものではない。というより、純粋にめんどくさいし、鬱陶しい。  橙色が掛かり始めた空は、端の方から徐々に青紫色を帯び始め、辺りも薄暗くなりつつある。あと10分もしないうちに夕暮れは夜へと転じることだろう。  早く帰らなきゃ。夕飯もまだなのでお腹も空いていた。  財布にお金入ってたかな、とぼんやり考える。  抵抗しなければそれほど痛い目に遭うことはないだろう。まあ、たまにお金を渡してもストレス発散なのか、素直にだされるのが逆にムカつくのか、殴りつけてくる奴もいるけど、こいつらはどっちだろうか。  真ん中の不良(似合ってない金髪)が「さっさと金出せよ!」にやにやと笑いながら怒鳴る。ついでに蹴りも入った。多分威嚇だろうけど、脇腹付近の壁が蹴られる。  人目がつかない路地に強引に引き摺り込まれた時点で多少の暴力を振るわれることは覚悟していたので、特にこれといった恐怖はない。こんな奴らより風真の方がよっぽど怖かった。だけど、だからといって殴られたいわけじゃないので、蹴りの矛先がこちらに向けられる前に財布を取り出す。  さよなら、ぼくのお小遣い。今日はなんて日だ。まったくついてない。  財布を不良に渡そうとしたところで「──お前らそこでなにしてる?」ふいに不良達の背後から声が聞こえた。その声が誰のものか思い出す前に心臓がどくりと跳ねる。 「あ? 誰だ?」  不良達が一斉に振り返る。
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